足あと 爪あと 夢のあと 2022年 2月 |
2.28 | 琉クンに続いて、舜クンも「進研ゼ ミ」の「チャレンジタッチ」を始め た。 申込書を送ったところ、すぐタブレ ットが送られてきて、「3年生の復 習」に取り組み始めた。 日曜日の昨日は、本人曰く「頭が痛 くなるくらいやった」という。 タブレットで家の人(私)とメール のやりとのができるのがうれしい。 |
2.27b | まだ自宅が茅葺き屋根だった頃 は、解けた雪が下流(した)って きて、つららができることはよく あった。 今の住宅は、雨水をとよで受けて 流してしまうので、いくら冷え込 んでもつららができることはなく なった。 つららは「氷柱」とも言い、私の 第一詩集の題名です。 画像は、伊那の見晴らしファーム で撮ったものです。 |
2.27a | 書籍を市場に流通させるには、書籍JANコードを取得し なければならない。 書籍の裏表紙に印刷されている2段のバーコードだ。 私は自分で書籍を出版するために、このJANコードを取 得した。 3年に1回更新しなければならないから、その都度申請料 を支払ってきた。 一度取得すると10冊まで対応できるから、まだコードは 余っているのだが、もう本を出すことなどないから更新し ないようにしたかった。 ところが、現在流通している書籍がある場合も更新が必要だという。まだAmazonで細々と売ってくれてい るから、あと3年分の申請料をここで支払った。 |
2.26b | 自宅の周りは砂地で、小石がいっぱい混ざっている。 その硬い土手の地下を、モグラたちが移動している。 掘った土を地上に出すために、土手や畑のあちこちに、こ のような土の小山ができる。 中学校の理科の先生に、モグラの研究をしている方がい て、授業中によくモグラの話を聞かされた。 そのようなこともあったから、モグラの動きに関心をもつ ようになった。 おじいさんは、このモグラを退治するために、いろいろな 手段を施したが、結局モグラにはかなわなかった。 |
2.26a | 「私は一人のウクライナ市民として全てのロシア市民に向 けて演説したい」。約9分間の動画では、スーツ姿のゼレ ンスキー氏が硬い表情でこう切り出す。 ロシアが軍事侵攻で「ウクライナの解放」を主張する点に ついては、「ウクライナ市民は元々自由だ」とまず訴え た。そして「非武装化と脱ナチズム化」を求めるロシアに 対しては、こう反論する。 「私たちがナチズム信奉者であると言っている。だが(第 二次世界大戦で)ナチス・ドイツの打倒に800万以上の 命をかけた(ウクライナの)市民たちがナチズムを支持す るだろうか? 私がどうしたらナチズム信奉者であり得る というのだろうか? 私の祖父に言ってみてほしい。彼はソ連軍の歩兵部隊で(第二次大戦を)戦ったのだ」。 攻撃への対応については「私たちは戦争は不要だとよく分かっている。だが、もし私たちの国や自由や子どもた ちの命を攻撃で奪い取ろうと試みるなら、私たちは自衛する」と抗戦の意思を強調した。 プーチン氏が「ウクライナが核武装する恐れ」や「北大西洋条約機構(NATO)へ加盟した場合の脅威」を挙 げた点には、「ウクライナがロシアにとって脅威ということは過去も現在も未来にもあり得ない」と断言。「私 たちはロシアや英米からの安全の保障を求めている」と語った。 ゼレンスキー氏は「ウクライナの市民も政府も平和を望んでいる」と述べ、「戦争で一番犠牲になるのは人々、 戦争を止められるのも人々だ」とロシア市民の理性に訴えた。 最後に「ロシア人は戦争を欲しているのだろうか? その答えはあなたたち、ロシア市民だけにかかっている」 と呼びかけた。 ジェシュフ(ポーランド南部) 真野森作 |
2.25b | 今週発売された「モーニング」で、島耕作の連載が終了した。 そのことを、駅の売店に並んでいた表紙で知った。 島耕作の連載は1983年の課長の時代からスタートし、部長、取締役、 常務、社長、会長、相談役と出世していったわけだ。 社長くらいまでは単行本を全部手に入れてのめり込んでいたが、そのあと はストーリーが理屈っぽくなってしまったきらいがあったから、最近はご 無沙汰してしまっていた。 今でも私の本棚には、係長島耕作や学生島耕作やヤング島耕作を含めた単 行本が並んでいる。 でも途中で途切れてしまっているから、これを機会に全部を手に入れてみ ようと思っている。 誰かが、あなたにどこか似ているところがあるから惹きつけるのでしょう と言っていたが、確かにそんな一面もあったのかもしれない。 3月24日号からは、「○○島耕作」?がスタートするという。 |
2.25a | 今週の頭あたりから目がチカチカしはじめたが、今日は ショボショボしてきたから、いよいよスギ花粉が飛散し だしたのだろう。 5年くらい前から「アレルケア」を飲み始め、毎年正月か らは「抗アレルギー剤」を処方してもらっている。 暖かくなるのはうれしいが、一方では憂鬱な日々が続く。 |
2.24b | 世界をまたにかけて活躍する写真家・田原桂一が 「僕たちは出会ってしまったんだ」と語った博子。 博子は梨園の人気役者の家に嫁いだ人妻であり、 歌舞伎俳優の母だった――。 博子が20歳以上年上の桂一と出会ってから14 年。梨園のこと、家族のこと、子どものことを真 剣に考えながら、二人は愛を貫いた。「不倫」と ひとくくりにしていいのか。愛とはなにかを考え させられる純愛小説である。 (現代ビジネス) この小説の注釈には、「本書は、取材に基づいた フィクションです」とある。 しかし、「歌舞伎役者」の名前だけは匿名にされているが、内容は全て事実 なのだ。 プロローグによると、田原博子さんが、林真理子さんに頼んで、あえて実名 で書いてもらったのだという。 これはすごいことだ。 |
2.24a | 力による現状変更が可能だとなると、台湾も、尖閣も、危ない。 |
2.23b 天皇誕生日 |
原発に反対する人は、冷蔵庫や洗濯機がなかった時代に逆 戻りする覚悟がなければならない。 冷凍食品は保存することができず、洗濯は洗濯板を使って ゴシゴシ手で洗う状態を受け入れられるかどうかだ。 原発に賛成する人は、東日本大震災のときに、放射能が関 東一円にまで広がっていた可能性があるように、いま住ん でいる土地に、半永久的に住めなくなってしまうことを覚 悟しなければならない。 私はそのような覚悟ができないから、原発に対して反対と も賛成とも意志表示することができない。 もう35年以上前のことだけれど、ソ連を訪問し「平和集会」に参加したときに、「SS20(中距離弾道ミサ イル)は、日本を狙っているのではなく、日本の中のアメリカの基地に照準を合わせているのだ」というソ連側 からの発言があり、紛糾したことがあった。 そのことから推し量ると、ロシアや中国や北朝鮮は、おそらく日本の原発にも照準を合わせていると思う。 ミサイルを1発撃ち込まれれば日本の国が滅びてしまうような、人間がコントロールするのに限界がある原発 に依存することも、これはこれで問題なのだ。 |
2.23a 天皇誕生日 |
「再生可能エネルギー」の、「再生」という意味がわから ない。 ネットを見ると、「再生可能エネルギーとは、資源に限り のある化石燃料とは異なり、一度利用しても比較的短期間 に再生が可能であり、資源が枯渇せず繰り返し利用できる エネルギーのこと」だということだが、それは「再生」で はないと思うし、それに「可能」が付いてしまうと、さら に怪しくなる。 自宅の屋根にもソーラーパネルを設置してあるが、こんな 人工物が野山に敷きつめられている場面は、どう考えても 不自然なことだ。 エネルギー問題を解決する案を提示することはできない が、自然の佇まいはこのままにしておいて欲しい。 |
2.22b | ホテルの部屋から夜景を見るのが好きだ。 ここは「東横イン東京秋川駅北口」の10階の部屋。 ちょうど外を眺めていたときに、女性の声で「そこの角を 曲がって車を停めて下さい」という声が聞こえたので見下 ろしたところ、パトカーが車を停止させたところだった。 きっと信号無視でもしたのだろう。 だから、高みの見物となったわけである。 |
2.22a | オリンピックのインタビュー場面で、質問者から何かを聞 かれる度に、選手がまずは「そうですね。」と対応する場 面が目についた。 このことが最初に気になったのは、女子ゴルファーの横峯 さくらが、質問に答えるたびに決まったように「そうです ね。」と発することだった。 どうでもいいことだけれど、それ以来、こんなつまらない ことが気になっている。 |
2.21b | 村上春樹の短編小説集「女のいない男たち」に収録された短編「ドライ ブ・マイ・カー」を、「偶然と想像」でベルリン国際映画祭銀熊賞を受賞 した濱口竜介監督・脚本により映画化。 舞台俳優で演出家の家福悠介は、脚本家の妻・音と幸せに暮らしていた。 しかし、妻はある秘密を残したまま他界してしまう。 2年後、喪失感を抱えながら生きていた彼は、演劇祭で演出を担当するこ とになり、愛車のサーブで広島へ向かう。そこで出会った寡黙な専属ドラ イバーのみさきと過ごす中で、家福はそれまで目を背けていたあることに 気づかされていく。 (映画 .com) アカデミー賞の作品賞にノミネートされた映画だから、再公開されている いま見ないと機会を逃してしまうと思った。 3時間(179分)という大作で、途中まではストーリーを理解するのが 困難だったけれど、終わりに近くなってから作品の凄さがわかってきた。 これは脚本の勝利だろう。 (TOHOシネマズ 南大沢 にて) |
2.21a | 西郷輝彦が亡くなった。 2011年に前立腺がんと診断され、全摘出手術を受けた けれど、その後2017年に再発したことは知っていた。 私は舟木一夫の大ファンだったから、「ライバル」だった 西郷輝彦は、いつも意識をしている存在だった。 一昨年は、デビュー55周年記念コンサートが予定され、 舟木一夫が友情出演するはずだったが、コロナの感染拡大 により中止になっていた。 残念だねえ。 |
2.20b | オリンピック閉会式は、聖火がどのように消えていくかに注 目していた。 開会式では、トーチを持って参加国のプラカードをつないだ 「雪の結晶」の中央に立った2人が、真ん中の台座にトーチ を差すと、そのまま上昇して聖火台になった。 このような展開を、誰が想定できただろうか。 「聖火は点火するもの」という固定観念を覆されたことが衝 撃的だった。私たちの日常も、固定観念で形成されているか ら、それを打ち破ることが必要だと自覚させられた。 だから今夜、どうやって消えていくのかを見届けたかったが、 聖火はためらう様子も見せずに、一瞬で消えていった。 |
2.20a | 9人いたおじいさんの兄弟姉妹も、生存しているのは2人 の妹だけになっている。 そのお姉さんの方が、今日93歳の誕生日を迎えたので、 お祝いに蘭の花を届けた。 まだ今も畑に出て、野菜作りをしている元気さだ。 |
2.19b | 私のプロレス好きが柊弥クンにうつったのか、保育園で写真を撮るとき に、親指と人差し指で瞼を広げる、「内藤ポーズ」をとるくらいだ。 今夜のメインは、その柊弥クンが好きなSANADAと、私が押してい る棚橋の、「USヘビー級選手権」だった。 事前に電話で、「SANADAが負けても泣かないで」と言っておいた けれど、棚橋の猛攻に耐えたSANADAが勝ってしまった。 その結果を受けて、すぐに電話がかかってきた。 「おめでとう!」と言ったら喜んでいたけれど、早く一緒にプロレスを 見に行かれる日が来ればいいのにね。 |
2.19a | 今日の新聞のテレビ番組欄の表示が面白い。 番組変更のお知らせ。 カーリング女子準決勝の結果、万が一日本が3位決定戦に進む場合、総合テレビ夜8時55分 から中継予定。 その際、フィギュアペアフリーはEテレで中継します。 日本が決勝に進んでいることを願っています。 昨夜の準決勝の結果が出る時間が遅かったからだが、テレビ番組欄に「意志」が入り込んでいたことなんか、今 までに見たことがない。 |
2.18b | 最高!!!!! |
2.18a | 今週も、首都圏の「東横イン」に4泊したけれど、どのホ テルでも、チェックイン時にフロントで検温をされること はなかった。 これは前から思っていたことであるが、感染しても無症状 のケースがある新型コロナの陽性者チェックの方法として は限界があるのだ。 私のお客さんの会社でも、今や陽性者が確認され、その 方々は自宅待機を強いられている。そして「濃厚接触者」 についても同様の措置が取られているのだが、この自宅待 機による隔離期間が地域によってバラバラなのだ。 そして、以前は保健所が判断していた「濃厚接触者」についても、一定の基準はあるにしても個人が判断できる ようになっているから、今や対応に統一性がなくぐちゃぐちゃになってしまっている。 私の立場から捉えると、以前は陽性者が発生すると地域間の移動が制限されてしまっていたのが、今はフリー だから仕事が成り立っていることになる。 だからできることとして、すでに3回目のワクチンは接種したから、あとは今までどおり、こまめに「抗原検査 キット」を活用していくことだろう。 |
2.17 | 1億5千万円の問題で最大の焦点は、そのカネが河合夫妻が地方議員らに ばらまいた買収の資金に使われたかどうかである。 克行は公判で買収資金の出どころを問われ、「自宅の金庫にためていた手 元の資金」と答えた。議員歳費をコツコツ貯めてきたと説明した。 しかし、克行がばらまいた現金には、奇妙な共通点があった。現金を受け 取ったという地方議員や秘書から「新札だった」との証言が相次いでい た。克行から受領した現金について前三原市長の天満祥典は「100万円 は帯の付いた状態だった」と法廷で述べた。 克行が述べたように「自宅の金庫にためていた手元の資金」を地方議員に ばらまいたのが事実だとしたら、克行は金庫に新札ばかりためていたのだ ろうか。生活費にも使うはずの歳費の中から長年コツコツためてきたとい う紙幣が新札というのは、首をかしげざるをえない。 「ばらまき~河合夫妻大規模買収事件 全記録~」 中国新聞「決別 金権政治」取材班 集英社 からの抜粋です。 |
2.16 | オリンピック観戦は健康のためによくない。 カーリング女子は、負けてしまえば準決勝に進出する可能性がほぼなくなってしまう試合。 このオリンピックでは、どの試合も、相手のミス頼りの場面が多かったが、今夜の試合をなんとか勝ちきった。 明日は首位のスイスとの対戦。 健康のためによくない日々が続く。 |
2.15 | イメージ 諏訪地区評青婦協主催の 政治集会を終えたデモ隊が 岡谷駅に向けてジグザグデモを開始したのを 機動隊よりも熱心に 両手を上げて止めた 彼ら 明治公園での集会の後 整然と行進を続けるわれわれのデモ隊に 挑発をかけ殴りかかってくる機動隊のうしろで 何の規制も受けずに フランスデモをしていた 彼ら デモが国会に到着し 議員への請願が始まった シュプレヒコールとインターを 力強く合唱するわれわれの横で 指でVサインをつくり 「ピース」「ピース」と叫びながら 笑顔をふりまいていた 彼ら 労働組合が分裂させられ 全金の旗を守る 圧倒的少数の闘いを尻目に 大会での多数決が民主主義だからと 第二組合へと走った 彼ら 合理化攻撃がかけられ 職制の監視の中 絶対ゆずれない闘いだと 朝ビラを続けるわれわれの職場で 良い合理化と悪い合理化があると言ったり 今は表面に出る情勢になく 力量もそれだけになっていないと 組織を守り拡大することに やっきになっていた 彼ら われわれの書いた基調報告の中から まだ日本は 帝国主義として自立していないから 「帝国主義」という言葉を 全部削除しろと主張し それでいて 具体的な運動論は提起できない 彼ら 情勢に即応した闘いをいかに進めるかより 党の主義・主張が優先している 運動のひとつひとつの積み重ねより 組織を守り育てることが先行している これが 何年かの活動の中で 私の体の中にすっかりしみ込んでしまった 自称「前衛政党」に指導された 彼らの「運動」のイメージだ (1978.10.23) この詩を書いたのは1978年だけれど、舞台は2.9bのブログの時代です。 21歳の私は、労働運動や政治活動が盛んだった諏訪地区評青婦協の、議長をやっていました。 政治集会では、主催者として挨拶をしているのだから、すごい人生を歩んできたと思うよ。 |
2.14b | 私は乾燥肌だから、毎年かかとが角質状態になるから、専 用のヤスリを使って削っていたりしていた。 昨年は、初秋から風呂上がりに尿素が入った保湿クリーム を塗り込んでいたから、ツルツルとまではいかないが、ひ び割れて痛くなることはなくなっている。 今さら手入れをしても遅いのだけれど、顔には、床屋さん が紹介してくれた美白クリームを塗っている。 こうやって、「ムダな抵抗」をしている日々です。 |
2.14a | 先に起きた琉クンが部屋を出て行くときに、「雪はどのく らい降っているか見て」といったところ、答えは「かなり 降っている」とのことだった。 暖かい服装に着替え外に出たけれど、そんなに積もってい なかったから、通路を少しかいただけだった。 茅野市の駅前は、雪の量の規模が違う。 道路に雪が少しも残っていない状態がすごい。 |
2.13 | 冬だからあたり前のことだが、また雪が降ってきた。 夜の「あずさ」はもう運休になっているから、明日移動で きるかも怪しい。 ワクチンの副反応は、熱も出ず、腕も痛くないけれど、ぐ ったりしていて何もやる気にならない。これを倦怠感と言 うのだろう。 誰もこんなことは口に出して言えないが、オミクロン株の 場合は、みんなが積極的に感染して、集団免疫を獲得する ことの方が早い気がする。 保育園児までマスクをしなければならないなんてことを、 いつまで続ければいいのだろう。 |
2.12 | モデルナのワクチンで3回目の接種をした義妹が、発熱、 吐き気、腕の痛みで翌日仕事を休んだことを聞いていたの で、副反応が出たときに飲む薬を薬局で調達してから、市 の集団接種に臨んだ。 3回目もファイザーを通した方がいいという声もあったけ れど、まずはできることをやることだと思ったので、何も 迷うことはなかった。 2回目の時の夜は強い倦怠感に苛まれたのに、今回は今の ところ何も特別な症状は自覚されていません。 |
2.11 建国記念の日 |
舜クンがタイピングの練習をしています。 長時間パソコンの前に向かっていて、よく飽きないもので す。 本人がYouTubeにアップして欲しいというので作成しまし た。 |
2.10b | 子供の頃、雪が降ると「巻き藁」を仕掛けた。 あたり一面が真っ白になるから、そこに野鳥がやってくるわけだ。 「巻き藁」には稲の穂を差し、馬の尻尾の毛で罠を仕掛けた。 馬の尻尾の毛をどうやって手に入れたのかは覚えていないが、野鳥はただの1回として捕れた ことはなかった。 今にして思えば、意味のない殺傷をしなくてよかったと思っている。 |
2.10a | 朝から雪が降り続いている。 早朝、子どもたちが通学のため通る部分を、お昼ご飯前には 庭全体の、雪かきをした。 今日の雪は水分を含んでいるから重たいけど、さらさらの雪 よりもかきやすい。 午後3時現在まだ降り続いているから、夕方もう一回雪かき をしなければならないのだろう。 |
2.9b | 佐藤 この時期(1960年代後期)は、日本の資本主義が高度な発達を遂 げるなか、資本の側が労働現場に最新の機械を導入することで人員を減らそう としたり、あるいは個々の労働者の負担を増やしたりなどの、「合理化」も盛ん に行われました。 池上 国労などは、新幹線の車体に「電子計算機導入による人減らし合理化 に反対しよう」といったビラを張って抵抗運動を展開しましたよね。 佐藤 ところが日本共産党は、この闘争に対しても冷淡な態度を取り続けま した。核兵器や核実験と同じく合理化にも「良い合理化と悪い合理化とがある」 といういつもの理屈で日和見を決め込んだのです。 もう少し後の70年代になってからの話になりますが、この姿勢がより極端な 形で表れたのが、教師という職業の本質をめぐって共産党と社会党左派の間で 論争が起きたことでした。 この時期に社会問題しつつあった学校教員の過重労働の問題に対して、社会党 と総評は、「教員も労働者である」という観点から長時間労働抑止のための論 陣を張り、旧文部省と戦おうとしていました。それに対して共産党は、教師は 聖職であり、一般労働者と同じように扱うのはなじまないと主張したんです。 池上 不思議な論争ですよね。自民党をはじめとする保守勢力が、教職員の 政治参加を制限したい目的で掲げた「教師は聖職である」という主張に共産党 が同調したのですから。自民党はさぞ喜んだと思いますが……。 「激動 日本左翼史 ~学生運動と過激派 1960-1972~」 池上 彰 佐藤 優 「講談社現代新書」からの抜粋です。 ちょうどこの時代に、私はこのような姿勢の日本共産党と、労働運動の場で向き合っていました。 お二人は、自分の体験を基調にして対談をされているから、その内容がビンビン伝わってきます。 |
2.9a | 明日は大雪が予想されるため、従業員の出勤が困難になる可能性があ るからと、私の仕事が中止になった。 明日の朝は、決まった時間に起きなくてもいいから寝坊をして、ゆっ くり自宅に帰ろうと思っていたところ、「あずさ」が全日運休だとの 情報が入った。 これでは家に帰ることができなくなってしまうので、ホテルをキャン セルして、最終便のひとつ前の「あずさ」に乗って、家路についてい るところ。 このごろは、簡単に列車が運休してしまうから困ったものだ。 だけど、乗客が少ない今は、運休した方が経費削減になるのかもしれ ない。 |
2.8 | 私のような仕事をしている人をはじめとして、客商売をしている人が、政治や宗教の話題 を取り上げることはタブーだと言われている。 特に経営者の方々と日常的に接触している「経営コンサルタント」などという人が、若い ときに労働運動にのめり込んでいたり、社会主義を目指していたことなど、できれば隠し ておきたいことだと思う。 だけど私は、むき出しの自分をさらけ出しながら今までやってきたし、これからもやって いくことだろう。 なぜならば、そういったいろいろな経験が今の自分を形成していることは事実だし、むし ろ多様な価値観を実際に体験してきたことが、たくさんの引き出しを作り出していると思っ ているからだ。 だからこれからも、逃げず、ごまかさず、へつらわない、自分の生き方を貫いていきます。 |
2.7b | 新型コロナウィルス第6波が始まった頃から、また「不要 不急」という言葉が聞こえるようになった。それでモヤモ ヤも再燃している。 人同士の接触を減らすため、必要・緊急でない行動は控え ようという呼びかけだが、まず何が「要」で「急」なの か、判断力を試されているようだ。 さらには、自分が社会に必要な存在なのかどうか値踏みさ れ、「役に立つ人とそうでない人」に区分されている気分 になる。報道機関に勤めている人は、社会機能の維持に 「要」な「エッシェンシャルワーカー」に含まれるが、あくまで職業であり、自分自身の価値や評価ではない。 ベストセラー「バカの壁」で知られる解剖学者の養老孟司さんも、「不要不急」という物差しに違和感を抱いた 一人だ。医師だけれど相手にするのは遺体ばかりだったので、治療や救命に貢献はしない。そんな自分を「ずっ と不要不急の典型だった」と笑いつつ、「これを言い出したのは、自分が『要』で『急』な存在だと思っている 人」と皮肉った。それはいったい、誰なのか。 「憂楽帳 ~要で急でないのは~」 五味香織 毎日新聞 2.7 夕刊からいただきました。 |
2.7a | 2021年秋の第49回衆議院議員総選挙で注目を集めた選挙区の香川 1区に焦点を当てたドキュメンタリー。 衆議院議員・小川淳也氏の初出馬からの17年間を追った「なぜ君は総 理大臣になれないのか」が大きな話題を集めた大島新監督が、同作の続 編的位置付けの作品として手がけ、香川1区の選挙戦を与野党両陣営、 双方の有権者の視点から描く。 2003年の初出馬から1勝5敗と闘いに窮し、比例復活当選を繰り返 してきた小川氏。香川1区で彼の前に立ちはだかってきたのが、自民党の 平井卓也議員だ。 四国新聞と西日本放送のオーナー一族にして3世議員の平井氏は、前回 2017年の総選挙で小川氏に辛勝。その後、小川氏は統計不正につい ての国会質疑や映画で注目され、その知名度は全国区に広がっていく。 (映画 .com) 家を出る前の午前中に、NHKテレビで放送されていた「衆議院・予算 委員会」では、立憲民主党の小川政調会長が質問をしていた。 それを見て、今日は「香川1区」を見ることにした。 メジャーの配給会社が扱わないから、上映する映画館がどんどん減っていき、さらには上映回数も少なくなって いる。今見なければ、もう機会が訪れないのではないかとも思った。 感動させられたのは、小川氏が勝利した際の長女の演説での、「自分が社会に出た時に、正直者がバカを見る社 会であることを覚悟していた」という言葉。 今は社会人になっている姉妹の悲しい想いを、覆すことができてよかった。 (シネ・リーブル池袋にて) |
2.6b | 昨年12月11日に日本武道館で行われた、Charのデ ビュー45周年記念ライブ「Char 45th anniversary co ncert special」が、今夜WOWOWで放送された。 できれば行きたかったが、公演日が土曜日だったためあき らめたもの。 まだ2ヶ月も経っていないというのに、それを放送してし まうWOWOWはすごい。 そして、夜中にそれを聴くことができる、我が家の家庭環 境もすごい。 |
2.6a | 寒いのは嫌いだ。 今日の最高気温は2℃で、朝晩は-7℃にもなる。 夕方はお風呂を洗って、お湯を貯めておいてからウォーキ ングに出かける。 この寒さの中でも、45分程度歩くとうっすらと汗を掻く から、それをお風呂で流すわけだ。 ただ、気分を悪くした出来事は、道ばたにタバコの吸い殻 が捨てられていたことだ。 どんな輩の仕業なのかはわからないが、こんなやつにタバ コを吸う資格なんかない。 |
2.5 | 「つちけむり」は、1978年から1982年にかけて発行した個人誌 で、No.1からNo.6までの6冊になりました。 原稿は画像のように方眼紙にシャープペンシルで書きました。 それを「謄写ファックス」と呼ばれていた機械にかけると、文字の部分 が放電によりフィルムに細かい穴が空けられ、それを輪転機にかけて印 刷するという工程を経て、冊子が出来上がりました。 それ以前に発行した3冊の詩集はガリ版刷りだったのですが、その次の ステップがこの「謄写ファックス」を使った方法です。 当時はコピーなどという手段がありませんでした。 今日これを取り上げたのは、原稿の文字が力強かったからです。 「文字は人を表す」ということわざがありますが、当時の私は怖いもの 知らずでした。だから公務員を辞めるなどということもできたのです。 今は、こんな勢いのある文字を書くことはできません。 |
2.4 | 私が取ったチケットは、「B寝台1人用個室 シングルツイン」というもので、狭い部屋に2段ベッドがあり、 ほとんど身動きが取れない状態でした。 シャワールームがあるようでしたがそんな気にならず、洗面所に行くのも面倒くさかったから歯も磨かずの、ぐ うたらな時間を過ごしました。 飛行機で行くとなると最低3日間かかるのに、夜行列車だと実質一日で済む日帰り旅行が可能です。 だけど、きっと72歳にふさわしい行程ではないのでしょう。 |
2.3b | 第十三番 訓 心にやましきことなく己がなす業を努むる者は、決して身を損なうことなし。 運勢 本年は、平穏なる身の上であるが心安からずして、不意の災難あり。心身も何と なく荒々しい気となることもあるが、一人は皆のためにとの和議・忠恕・堪忍は 人としての永久の基本と心得て、意志堅固にして業務に精進しなさい。信心を怠 るな。 出雲大社のおみくじには、吉とか凶といった区別はありません。でも、一般的には、十三番 というのは大吉です。 ただ喜んでばかりいられないのは、これから下り坂に差し掛かる可能性もあるということです。 |
2.3a | 出 雲 大 社 は 、 二 礼 ・ 四 拍 手 ・ 一 礼 を す る の が 正 式 な 作 法 で す 。 そ し て 、 参 道 の 入 り 口 と 出 口 で 礼 を し ま す 。 広い境内には、あちこちにお参りする場所が設けられており、そこには賽銭箱が置かれています。だから、小銭 を沢山用意しておかなければなりません。 今日は節分の日だったから、賽銭箱の周りは豆だらけでした。 |
2.2c | 寝台特急「サンライズ出雲」の存在を知ったのは、仕事で 沼津市の会社に行っていたころのこと。 沼津駅には新幹線が停まらなかったため、三島駅に移動す るホームに、夜中に停車する列車の表示があった。 おじいさんの妹の旦那さんが、膝を怪我したときに出雲神 社に願掛けをしていたから、いつか一緒に行きたいねと言 っていたけれど、その人も90歳を超えたのでもう行くこ とが叶わなくなった。 そんなこんなで、一度乗ってみたいと思っていたのです。 今週日程が取れたのは、食品を作っている会社が、恵方巻きの生産で忙しかったため。少し時間が空くと、何か こうか入れ込もうとするのは、ボサーッとしていることを許すことができない、私の悲しい性(さが)なのです。 チケットを取ったのはちょうど1ヶ月前の1月2日のこと で、本当は個室のデラックスにしたかったけれど、もうあ りませんでした。 今日も東京駅で、キャンセルが出ていないかと問い合わせ たけれどなく、さすがに人気の寝台特急です。 当然、こんな時期にわざわざという気持ちもあったけれ ど、いったん決めたことを翻したくはありませんでした。 出雲には、明日の朝9:58着。12時間余の行程です。 |
2.2b | 家族の中でただ1人の健聴者である少女の勇気が、家族やさまざまな問題 を力に変えていく姿を描いたヒューマンドラマ。 2014年製作のフランス映画「エール!」のリメイク。 海の町でやさしい両親と兄と暮らす高校生のルビー。彼女は家族の中で 1人だけ耳が聞こえる。幼い頃から家族の耳となったルビーは家業の漁 業も毎日欠かさず手伝っていた。 新学期、合唱クラブに入部したルビーの歌の才能に気づいた顧問の先生 は、都会の名門音楽大学の受験を強く勧めるが、 ルビーの歌声が聞こえ ない両親は娘の才能を信じられずにいた。家業の方が大事だと大反対す る両親に、ルビーは自分の夢よりも家族の助けを続けることを決意する が……。 タイトルの「CODA(コーダ)」は、「Children of Deaf Adults= “耳 の聴こえない両親に育てられた子ども”」のこと。 (映画 .com) ネットには、「感動した」とか「涙が止まらなかった」という書き込み があるが、私は何も思わなかったよ。 (TOHOシネマズ 日比谷にて) |
2.2a | 接種券が届いたのは月曜日。 それを持って仕事に出掛けてきた。 予約が開始されるのは今日の9時からだったため、お客 さんの会社に甘えて電話とネットで予約することにした。 電話はいったん繋がるけれど、「しばらく経ったらまた おかけください」というメッセージが流れるだけ。 ネットに切り替えたけれどうまくいかず、友だちに遠隔 操作で応援してもらい、接種二日目の土曜日の予約が取 れました。 こんどはモデルナだから交互接種になるけれど、この方 が中和抗体値が高いようだから、今回はこれでいきます。 |
2.1b | 明日発売の「中島みゆき 2020 ラスト・ツアー『結果オーライ』」 が一日早く届いたので、今日家を出る前に全曲を聴いた。 もしコンサートが続いていたなら、「悪女」の場面でバックでギターを 弾いているとか、「永遠の嘘をついてくれ」では「つま恋」お返しに登 場したのではないとか、吉田拓郎に関わることを考えていた。 2020年の中島みゆきは、少しも声の衰えを感じさせずに21曲を歌 いきった。 まだドキュメント版のDVDを見てないけれど、俄然コンサートの期待 が高まる。 |
2.1a | 舜クンの「タイピング」のスピードがさらに速くなってい ます。 これは「POPタイピング」で、ちょうど7が四つ並んだ ところですが、それを演出する「裏技」を話してくれま した。 まず4回打って間違えて、召喚レベルが81にいったらま た間違えて、それから13回打つと表示が7777になる ということです。 ちなみに、7777というのは獲得したポップコーンの数 で、これを出すのに2日間かかったと言っています。 もう、とてもついていかれません。 |