あと あと のあと  20165月


   若葉が街に 急に萌えだした ある日私が 知らないうちに
   あなたのことで 今はこの胸が いっぱいだから わからなかったの
   愛はよろこび それとも涙 誰も知らない ことなのね
   若葉が風と ささやく街を 愛を心に 私はゆくの
                                                     「若葉のささやき
        愛する季節 いつか訪れる それは誰にも あることなのよ
        悲しい夢に もしも終ろうと 若さをかけて 愛してゆくの                詞 : 山上路夫
        愛はよろこび それとも涙 いつか私も わかるでしょう                 曲 : 森田公一
        若葉が風と ささやく街を 愛を心に 私はゆくの


5.31
 マイクロソフトが提供する最新の基本ソフト(OS)「ウインドウズ10」への更新を巡り、使用しているパソ
 コンのOSが勝手に更新されたと、利用者からの問い合わせや苦情が相次いでいることが27日までに分
 かった。
 
マイクロソフトは昨年7月、「ウインドウズ7 SP1」や「ウインドウズ8.1アップデート」の利用者を対象に
 
ウインドウズ10の無料提供を始め、従来はOSを更新するには利用者が自ら予約をする必要があった。
 だが無料提供の終了日が今年7月29日に迫り、
マイクロソフトは今月13日から更新日を指定してネットで利用者に
 通知し、自動的に更新する方法に切り替えた。更新を望まない場合は通知に対し更新を拒否する意思を示す必要が
 あるが、通知を放置し
自動更新に至るケースが出ているようだ。
 OSを更新するとパソコンの操作方法などが変わり、使い勝手が悪くなる場合がある。希望しないのに更新された利
 用者は、31日以内であれば元のOSに戻すことが可能という。
      (信濃毎日新聞 5月28日号より)

 知り合いのメンテナンス業者が悲鳴を上げています。

5.30
 今日は、午前も午後も、よくもこんなにれるもんだというくらい、ウトウトしている状態が続いた。
 浅いりだから、いろいろな夢を見ていた。きっと、まだ体にダメージが残っているのだろう。
 病院の生活は息がつまるものだったけれど、家に帰ればハッピーかというとそうばかりではない。
 やらなければならないことが現実として見えてくるけれど、それができないもどかしさから、これは
 これでストレスがたまる。
 65インチのテレビが見られる部屋にベッドを設置してもらったのに、テレビを見たいという気持ち
 にならず、パソコンを設置してある机に座っても、痛みを5分くらいこらえているのが限度だから、
 結局私がいちばん嫌いな「ダラダラとした時間」が流れていくだけです。もったいないことですね。
 昨日と今日は、駒ヶ根市の民生児童委員の研修旅行で、鎌倉方面に行く予定でした。3年任期の最後の旅行だか
 ら行こうと思っていたのに、またみなさんに迷惑をかけるかたちになってしまいました。 

5.29
 病院にいた頃は、毎朝3時前に眼が覚めてしまって、それから眠ることが
 できないでいたが、今朝はなんと目覚めたのが6時だった。それだけ病院
 では気が張っていたということだろう。
 夜中に2回ほど尿意で眼が覚めて、その都度歩いて行くのに苦労したた
 め、長女に溲瓶を手配してもらった。事前に歩行器も届けてもらってあるか
 ら、「いっそ介護認定を受けたら‥‥」と言われた。
 2週間も留守をしていると、野菜の成長が著しいのだが、どれに対しても初
 期対応(剪定など)ができないでいた。これは、とのさま(長女の婿)が来てくれて、ベッドの上から出す私の指図に、
 一つひとつ対応してくれた。
 私の個人的な計画では、コルセットを着けるのに1週間、退院までに1週間、そしてさらに1週間後には社会復帰
 る予定だけれど、はたしてそんなうまい具合にいくだろうか? 

5.28
 病院の消灯は21時で、その時間になると一斉に電気が消されてしまう。睡眠導入剤
 を処方してもらっている私は、すぐに眠りに入っていくことができるのだが、困ったこと
 に朝は3時前に目が覚めてしまう。それから朝食がくる7時頃までの時間の長いった
 らない。
 昨日は、歩行器を使って初めて自分でトイレに行くことができた。でもそのあとのシャ
 ワーでは、浴槽の椅子に座っているのがきつくて、歯を食いしばり脂汗をにじませなが
 らの状態で、体を洗ってもらった。
 もう横になっていれば痛みは感じないけれど、立つと、腰のあたりが重痛くて、何かに
 つかまって手で体を支えないといられない。だから、一人で歩くなどということは、まだ
 ずっと先のように今は感じられる。
 昨日の回診で医師から退院の許可が出たから、今日家に帰ることになりますが、完
 治したわけではありません。
 
5.28a
 病室の小さなテレビに顔を押しつけるようにして、 オバマ大統領の演説
 を聞いていた。ベッドには手すりが付いているから、体を横たえている状
 態では、それが邪魔して画面全体を見ることができなかったからだ、

 NHKの同時通訳では、言っている内容を断片的にしか捉えることができ
 なかったけれど、その後に見た「ニュースウォッチ9」や「報道ステーショ
 ン」では、字幕が画像とシンクロされていたから、話している内容をある程
 度理解することができた。そして今朝、ネットに掲載されていた全文を読
 み終えた。

 オバマ大統領にこれだけの存在感があるのは、アメリカという大国のリー
 ダーだからなのか、それとも人間としての魅力が備わっているからなのか、
 おそらく両方だと思われるが、広島に来る前に立ち寄った岩国基地で演
 説を聞く兵士たちからは、大統領に対する尊敬の念がひしひしと伝わって
 きた。

 民主主義が根付いていると言われているアメリカ。私たちが知らないいろ
 いろな側面はあるかもしれないが、アメリカという国の底力を見た気がした。
5.27
 子どものころの私は人見知りが激しくて、集団生活になじむことができなかった。
 何が原因なのかをネットで調べてみたのだが、該当するものはひとつもなかったか
 ら、きっと生まれついたときに持ち合わせた性格なのだろう、と思う。
 だから、大人になってからもそれは変わることがないので、今でも「人付き合い」と
 いうのが苦手だ。
 そんな背景があるから、ひとりぼっちは全然怖くはなくて、逆に孤独が大好きだか
 ら、一人でも生きていかれる自信はある。
 だけど、今回のように体が動かないとなると、一人では何もすることができない。い
 つかはまた、そしてそんなに遠くない時期に、老化現象によってこのような状態に
 なることは確実だから、そんないろいろなことを考えさせられた2週間でした。 
5.26  
 昨日、東京から、私のお客さんの会社の部長さんがお二人、わざわざお見舞いに来て
 くれた。
 そして、いつ退院できて、いつから仕事に復帰できるのかを訊かれた。なんでも、私の
 復帰に合わせて、社内の体制を整えるのだという。
 この怪我をきっかけにして、リタイヤしてしまうという選択肢もなかったわけではないけ
 れど、お二人の真剣なお顔を見ていると、また頑張ろうという気持ちにさせられました。

 リハビリは、サークル歩行器を使って、病棟内を歩き回れるところまできて、担当の方
 が驚くほどの回復ぶりです。明日は、杖を1本だけ使って歩く練習をします。
 もうここまでくると自宅で療養してもよくなるので、担当の看護婦さんと相談して、明日
 の回診の時に、医師に退院を判断してもらうことにしました。
 おそらく、土曜日には退院できる運びになりそうです。
5.25  
 寝たきりの状態では何もできないから、物を取ってもらうことなどもやってきた看護婦
 さんにお願いすることになる。一方では「手がかからない患者」を演じようとしているの
 で、ベルを押して呼ぶことはせず、ひたすら病室に顔を出すのを待っている。
 あるとき、「“立っている者はでも使え”だよ」と言ったところ、「えっ?」という顔をされ
 た。そんなことわざは知らないのだという。
 今の若い人たちには、本当にこのような常識的な知識がない。おそらく、本を読まなく
 なっていることが、その一因としてあるようだ。新聞を読まないなどということは、私の
 感覚からしたら考えられないけれど、そんな人がけっこうな割合でいるようだ。だからき
 っと、“が死んでも食休み”ということわざも知らないのだろう。
 ただ、「立っている者」でも、“立っている者は夫のでも使え”とはならないのが、これ
 また常識となっている。
5.24  
 朝、昨日と同じようにトイレに行こうとしたが立てない。両腕で体を支
 えていないと腰のあたり全体が痛いのだ。
 それでも車椅子を使いなんとかトイレまで移動したが、両腕で踏ん張
 っていないと痛くなるので便座に座れない。したがっていきむことが
 できない。だからその場での排便はあきらめた。
 そのあとは、右の画像のような設備を使って、入浴をさせてもらった。
 おじいさんの入浴サービスには、看護婦さんなど4名の女性が総掛
 かりだったので、「私も入れてもらいたいな」などと冗談を言ったりも
 したが、動けない人を入浴させるのはたいへんな作業だ。
 朝のこともあって午後のリハビリは結果が怖かったが、平行棒を使っ
 ての歩く訓練は、昨日よりはるかに進歩していてひと安心したところ。

5.23
 まずは、ベッドの上で起き上がることから始めようと、土・日の2日間は、そのことに挑
 戦しながらその都度挫折していた。以前のような「ピリッ!」とする激痛はなくなったが、
 それでも両脇腹の筋肉あたりが痛くなった。
 そして今朝、とうとう自分の力で起き上がることができた。そして車椅子に座ってトイレ
 に連れて行ってもらい、用便をすることができた。せっかくベッドの上で横になったまま
 排便をするスキルを習得したのに、これで活用することができなくなってしまったわけ
 だ。
 したがってリハビリを開始。まず、平行棒につかまって歩く練習をしたが、腰全体に鉛
 の塊が入っているような感じて、自分の力で歩くことができない。それでもよちよち歩
 きを何回か繰り返したが、こんな状態ではまだしばらく退院は無理だ。
 第12胸椎圧迫骨折。今から考えると、こんな程度でよくおさまったと思う。それくらい
 すごい衝撃だった。そして、これが舜クンでなくて本当によかったと、つくづく思っている。

5.22b
 過去2回の入院のときは、生意気にも1日1万5千円もする個室に入
 ったが、
それは保険金が下りるという裏付けがあったからだ。
 今回は救急車で搬送されてきたから、そんなことを考える余裕がなか
 ったし、個室に入ろうなどという気持ちはさらさらない。
 カーテンで完全に仕切られている4人部屋は、音が遮断されていない
 個室と言ってもいいが、それでも私はかなりまわりに気を遣っている。
 昭和5年生まれだという向かい合いのベッドのご老人は、もうすぐ60
 歳になるというのに独り身の息子と、老夫婦2人との3人暮らし。そん
 な息子に、おばあさん(母親)がお小遣いをやったと、おじいさん(父
 親)が怒っている。この娘さん(たぶん)が面会に来たときの声の大き
 さは半端ではない。
 隣のベッドの82歳のご老人は、家に帰っても一人で生活をしなければならないみたいで、お嫁に行った娘(たぶん)
 が毎晩やってきて、小言を言っている。その言い方がかなりきつくて、私だったらとても我慢できないだろうけれど、そ
 のおじいさんはおだやかな性格の人で、ひとつひとつに「そうだな。」と頷いてみせる。
 患者同士の交流は全くないし、顔も見たことはないけれど、1週間も「同居」していると、相手の家庭環境までわかっ
 てきた。
 金曜日に回診に来た医師が、「森田さんはまだ若いから‥‥」とおっしゃったから、「もう若くはないですよ」と言い返
 したところ、この病棟の患者の中ではいちばん年齢が低くて、それにしても圧倒的に歳の差があるのだという。だか
 ら、こにはどこかに老人ホーム的な雰囲気があるのだ。

5.22a  
 「前回は最終日まで決まらなかった。どうしてもきょうで決めた
 い思いで打った」。
木村がネット際の攻防を制し、最後の矢を射
 貫いた。守備での貢献度が高い分、ここまで5試合で44得点
 にとどまっていた29歳が、この日は両チーム最多の31得点と
 大爆発した。

 高校の先輩で、元日本代表の大山加奈さんは目を見張った。
 「久しぶりに笑わない
沙織を見た。ああなるとすごい」。鬼気迫
 る形相で序盤からスパイクを重ね、相手ブロックが寄せてくれ
 ば、針の穴を通すように狭い隙間を狙ったり、ジャンプのタイミン
 グを変えて空いたスペースを突いた。「
木村の背中から久々に
 炎が出ているような感じを受けた」。真鍋監督も脱帽するしかな
 かった。  
                  (産経ニュースより)
5.21
 容体が急変する可能性が少ないからかもしれないが、医師が患者を診て(?)くれな
 い。
主治医とは月曜日の回診のときに初めてお会いしたが、話題は私の職業の話に
 なり、名刺をお渡ししたくらいだ。ケガの程度と治療の方向を、いつになったら本人にき
 ちんと説明してくれるのだろうか。だから、CTの画像も未だに見ていない。

 
看護婦(「看護師」などという持ってつけたような言い方が好きではない)さんたちから
 の報告を受け、それに対する指示をしているから十分かもしれないが、もっと患者を見
 て欲しいのだ。見て欲しいのはたとえば表情。何に不安を感じているのかとか、どんな
 ことを望んでいるかとかいったことを汲み取って欲しい。なぜならば、病気を治すのは
 
医師ではなくて、患者自身が持っている「治癒力」であるからだ。だから医術には、心
 のケアの部分がかなり重要なのではないかと、これは常々感じていることだ。

 昨日、コルセット付けて初めての「
リハビリ」があった。おいでになった理学療法士さんに、これからどうやって進める
 のかという展望を説明して欲しいとお願いした。「
リハビリ」の全体像を把握して、今がどの段階なのかを知っておき
 たかったからだ。でも、全く説明してくれることはできなかった。

 そして車椅子に移ろうと体を起こしたところ、昨日書いたような激痛が走った。そこで質問したのは、この痛みを我慢
 して体を動かす努力を続けていけば、和らぐ方向にいくのかということ。でも、この問いかけに対しても答えることがで
 きなかった。では誰が判断できるのですかと訊くと、それは主治医だという。確かに組織的にはそうかもしれないけれ
 ど、治療と
リハビリが繋がっていないではないか。その患者の症状に合わせた、リハビリ計画を説明すべきだ。

 この
理学療法士さんがすごいのは、そのあと上司に相談をして、きちんとフォローにきてくれたこと。だから私も、「き
 ついことを言ってごめんね」と謝っておきました。まだ24歳だという好青年の君、勉強することはいっぱいあるから頑
 張ろうね。
 
5.20  
 朝食前に、業者がコルセットを持ってやってきて、装着してくれた。ヨーロッパの貴婦人
 たちが、ウエストを細く見せるように着用したやつのようなイメージだ。
 もっと体を締め付けて、苦しくなるのではないかと予想していたが、案外自然なかたち
 でフィットして、いかにも守ってくれているという感じで心地よい。
 ただ、そのあとリハビリがはじまり、起き上がろうとしたときに激痛が走った。今までも、
 ベッドを起こすのを連続して動作させると発生した痛みだ。だから、徐々に、小刻みに
 体を起こすことを心掛けていた。
 午後回診があり、主治医の先生ではなかったが、痛み止めのを今夜から倍にして
 様子をみることと、最終的には月曜日の判断になるが、退院して、自宅でダラダラして
 いるのでもいいのではないかという見解が示された。
 とりあえず地元の病院に転院する方針が、もっといい方向に変わりそうなので嬉しい
5.19
 19日 新聞や本をあれだけ読んでいた私が、自由な時間がこんなにもあるというのに、ちっとも読みたいという気にな
     らない。 だから、入院してから今まで、活字を一度も目にしていない。
     やっていることは、枕元にあるテレビを漠然と眺めて、御嶽海と稀勢の里を応援することくらい。だから、女子バ
     レーのタイ戦も、最終セットで6点リードされた時点で見るのをやめてしまい、それを逆転したことを今朝のニュ
     ースで知って驚いた。
     パソコンに届いているメールくらい見なければいけないと久しぶりに開いたところ、友人が私の代わりに状況を
     説明した回答をしてくれてあった。 ありがたいことです。
 

 18日 松本の業者さんが、コルセットを作るための計測に来てくれた。
     コルセットを着ける目的は、このままだとどうしても背中が丸まってしまい、骨折した場所を圧迫してしまうので、
     それを防ぐために強制的に体を真っ直ぐにしておくことだという。 そして、金曜日に届くことになった。
 

 17日 いちばん困ったのは、ベッドの上で排便をしなければならないこと。横になったままおしりの下に便器を当てて
     貰っても、とてもうんちが出るまでには至らない。大便が直腸のところまで移動してきてくれないし、この姿勢
     では息むことができない。 したがって浣腸をしてもらってなんとか楽になった。
     介護認定4のおじいさんがやっていたことを今は私が体験している。
 

 16日 昨夜は、睡眠導入剤を処方して貰ったが、一睡もすることも出来ずに朝を迎えた。
     動いてはいけなくて(痛くて動くことなどできないが)、ベッドは頭の方を30度だけ上げる事が許され、遠くを覗
     き込むような状態で、スプーンを使って食事を摂る。なにより背中一面に鈍痛があり、体を動かすと痛いため、
     体をズラすことができないことが辛い。
     午後の担当医の巡回に同行してきた婦長さんが、「みんな早く動きたくてコルセットをするのを急ぐけれど、こ
     のくらい時間をかけた方が、治りが早いと思う」と、今までの経験からくる意見をお話ししてくれた。コルセット
     ができるのが土曜日だから、それまでこのままの状態でいなければならないし、それからやっとリハビリが始
     まるのだ。 じっくり治療するしかない。
     それを聞いてやっと、今週の仕事とホテルのキャンセルを電話でお願いした。
 

 15日 先週の土曜日に亡くなって月曜日に行われた義妹
     のお母さんのお葬式に参列できなかったので、お
     線香だけでも上げたいと生坂村に向かったが生憎
     留守だった。
     そこで、義妹が住んでいる松本市の自宅に立ち寄
     ったが、そこも留守で誰も居なかった。
     それがまだ午前中のことだったから、戻ってくるま
     で一緒に連れて行ったチビたちを遊ばせようと思
     い、岡谷市の「やまびこ公園」に連れて行った。そしてそこで「悲劇」は発生した。

     画像のいちばん左側にある「ジャンボすべり台」は、今年の4月17日にリニューアルされたものだという。「じ
     いじと一緒なら怖くない」と言って、やる気満々で階段を登っていった舜クンを抱っこして滑りはじめたが、ブレ
     ーキをかけることができない。手には舜クンがいて、足はサンダル履きだったので踏ん張りが効かず、ツルツ
     ルのステンレスの台の上で加速がついたまま、ゴールで一回跳ね上がったあと、もの凄い勢いで背中から地
     面に叩き付けられた。周りの人たちが親切に対応してくれたけれど動くことができず、結局救急車で岡谷市民
     病院に搬送された。

     レントゲンの写真を見た救急当番医は、「ちょっとおかしなところが一箇所あるけれど、今日は帰ってもいい」と
     おっしゃられたが、その後送られた画像を見た整形外科医からCT撮影の指示があり、その結果背骨の圧迫
     骨折
と診断された。水曜日に体に合わせたコルセットを作るための計測があり、土曜日に出来上がって来る
     のを装着したあと、リハビリを始めるとのことだった。
 
5.15
 脊髄圧迫骨折のため入院中です。
 起き上がることができないので、ブログの更新ができません。
 いただいたメールも拝見することができませんが、しばらくお待ち下さい。
     (長男に入力してもらいました)

5.14
 井戸の水をポンプで吸い上げ、庭の2箇所に出口を設ける工事を、もう何年
 も前におじいさんが行ってあった。
 そのおじいさんが引き継ぎたかったことを、「操作マニュアル」として文書化
 しておいたのだが、どこに工事をしてもらったのかを聞き漏らしていた。
 昨年は、呼び水を注いだら動作したのに、今年はエラーになってしまってい
 るのだけれど、問い合わせ先がわからないのです。
 大体のことは伝え聞いていて、ほとんど文書にしてあるけれど、漏れがあっ
 ても電話で聞くわけにもいかないから、困っているところです。
5.13
 床屋さんで鏡の前に座ったところ、日に焼けて真っ黒になった顔に愕然とした。普段自分の顔をじ
 っくり見ることなんかないから、黒いことはわかっていたが、こんなにも日に焼けているとは思わな
 かった。
 これがゴルフ焼けならかっこいいのだが、左手も長袖のあとがくっきりするくらい黒くなっている。
 御柱祭はほとんど曇っていたから、この日焼けは野良仕事によるものだ。今の主たる作業は、雑
 草たちとの戦い。気温が高くて適度に雨が降っているから、彼らはすこぶる元気だ。

5.12  
 友人の心遣いにより、「ビジネスサミット 5月号」に、書籍の紹介記事が掲載されました。 
 感謝にたえません。
 発売当時、Yahoo!にスポット広告を打って以来何もしなかったのに、順調に売れていた「新
 ・くたばれ!ISO。」も、このところ売れ行きが鈍ってきました。
 Amazonのランキングはそんなにも落ちていないのに、納入指示の頻度が以前とは違ってき
 ています。何かをしなければ販売量を伸ばすことができないのですが、ここで投資をしてもい
 いかどうかは迷うところです。
 いちばんの判断材料としては、いまやISOに関心がある企業が、激減しているということです。
5.11  
 今朝は、目覚まし用にアラームを3時10分にセットしておき、ホテルを3時半に出発
 し、4時から現場に入った。 ホテルでは、その時間、フロントの人たちがエプロンを掛
 けて、朝食の準備をしていた。
 仕事2時間あまりで終わったのだけれど、困ったのはそれから居るところがないこと。
 そこで、「つかぬ事を伺いますが‥‥」とホテルに電話をして頼んだところ、一度チェッ
 クアウトをしたのにまた部屋に居させてくれることを了解してくれた。
 さらに、「朝食の用意ができていますから」と言われて、おにぎりやパンを食べることも
 できた。
 自宅よりもホテルに泊まることの方が多いけれど、こうやって人々の善意に助けられて
 います。
5.10  
 「64(ロクヨン)」は、単行本の原作を以前に読んだ。
 そのときは、これが映画化されても多分見ないだろうと思
 ったものだ。
 その理由は、物語の展開が複雑すぎたからだった。原作
 にしても、週刊誌などの書評の評価が高かったから読ん
 だのにすぎない。
 映画も、時間があったけれど他に見たいものがなかった
 からという程度で、佐藤浩市の演技に迫力があったたこと
 意外には、あまり見るべきものがなかった。
5.9  
 最近は、電車で移動するときに本を読み出しても、すぐに眠たくなってしまう。まし
 てやパソコンなど、よほど追いこまれているときでないと開かない。
 今日は、甲府から富士駅まで身延線の特急で移動したのだが、いつも通り指定
 席でうとうとしてしまった。そのうちに、車内放送で「富士駅」と言った気がしたの
 で、あわてて入り口にとんで行ったところ、もうドアが閉まりかかっている。急いで
 でキャリーバックのキャスターの部分を挟んだところ、ドアが閉まるのが止まりや
 がて開いてくれた。
 降り立った駅は、閑散とした無人駅。ここまできてもまだ事の真相がわかってい
 なかった。やがて車掌がやってきて「ここで降りますか?」と訊いてきたので、
 ぼけ
ているのだということに気がついた。車両に戻って確認したところ、甲府を出発してからまだ30分も経っていな
 い。
 今日は、12時に家を出ればよかったから、午前中は野良に出て体を動かしていて疲れたこともあるが、寝不足の原
 因は、昨夜、琉クンが「じいじと寝る」と言い出したからだ。あいつは、私が移動するところにもぐり込んでくるから、そ
 の度に目が覚めることになる。 でも、「一緒に寝たい」と言ってくれることが、じいじにとっては喜びなのです。

5.9a  
 自宅のすぐ上側にある田んぼは、すでに代掻きが終わり、週末あたりには
 田植えがされるのでしょうか。
 との田んぼも、土地改で広くなったので、それぞれの農家は、個人でトラク
 ターを保有しているところが多いです。
 我が家は、もう何年の前に米の耕作は他所にお願いしました。しかしなが
 ら、土手の草刈りくらいは担当しなければと思い、このような長い田んぼ
 土手と格闘しています。まわりがこんなに綺麗になると、我が家のところだ
 け草刈りがしてないなんて状態にはとてもできません。
5.8
 最後の望みを託したイーグルパットは、内に秘めた強い気持ちを表すように
 カップを1mオーバーした。その瞬間、
渡邉彩香はがっくりと膝を折り、今に
 も泣き出しそうな顔を天に向けた。
 国内女子メジャー「ワールドレディスサロンパス杯」最終日。5打差で逃げる
 レクシー・トンプソンを追い掛けた
渡邉は「69」とスコアを伸ばしたが、2打差
 の2位に終わった。ホールアウト後は「悔しいです」と、ぽろぽろと涙をこぼし
 た。
 優勝したトンプソンは13アンダーで、
渡邉は11アンダー。3位以下に5打差
 をつける事実上の一騎打ちで孤軍奮闘した。賞金ランキングでは6位から
 3位に上がった。世界ランクは49位前後に上がる見込みだ。だが、今週得
 た何よりの収穫は、涙となってあふれ出した悔しさだろう。
渡邉の熱き思いは、見ている者の胸に焼きつき、消えるこ
 とはない。 

                                      「ゴルフダイジェスト・オンライン」 からいただました。 

5.7  
 オクラの苗を6本植えて、現時点での畑は全部野菜たちで埋め尽くされた。
 トウモロコシは4本を2本に間引き、インゲンモロッコは1本だけを残して
 画像のように網を張った。
 遠くに見えるビニールの囲いは、昨年からはじめたトマトを覆うためのもの。
 寒冷紗で囲ったキャベツの畝(うね)の向こうでは、エンドウが花盛り。いつ
 も実る時期が短いので、それを解消させるべく4種類のものを育てたけれ
 ど、はたして現実は思惑通りにいくかどうかというところです。
5.6  
 不謹慎なことを言うことになるけれど、「事故」が起
 きたからということで、御柱祭の内容の規制を強化
 しないで欲しい。
 ネットでは、「毎回死者が出る祭など、今の時代
 異常な事と認識すべきだろう」という意見が大勢を
 占めているけれど、それでは「今の時代」と「そうで
 はない時代」との違いというのはいったい何なのだ
 ろうか。
 「今の時代」は、リスクを恐れるあまり、許容範囲が
 極めて狭くなってしまっている。「事故」が許容範囲
 だとまで言うつもりはないけれど、ことあるごとに規 
 制
ばかりが厳しくなる、「今の時代を憂いている。
5.5
 私の「小型連休」の最終日は、御柱祭には行かずに、チビたちのお子守り
 をしながら、庭の草取りに精を出した。
 チビたちも大きくなったので、放っておいてもほとんど大丈夫になって、自分
 たちでいろいろしながら遊んでいた。 それでも舜クンは、裸足で外に飛び
 出してきて、たくさん「お手伝い」をしてくれた。
 我が家で鯉のぼりを立てられない理由は、このブログの中で何度となく説
 明をしたが、そんな制限のない他所の地区でも、とんと鯉のぼりを見られな
 くなっている。 これも時代の趨勢なのだろうか?
 18時現在の中央道下り線は、土岐JC付近で17kmの渋滞とのこと。だか
 ら、今夜はあまり慌てずに出掛ける予定です。

5.4

みどりの日 

 ← 裏小路では華やかな踊りが
    見られました。


  長持ちは、このひとつしか 
 
  見ることができませんでした。

       里曳き二日目


  新緑の中を曳かれていく本
    宮四です。


  
  上社の太鼓橋を渡っている  
  本宮三です。 
5.3
  全国の諏訪神社や関連神
  社の祭で「人を見たけりゃ諏訪
  の御柱、綺羅を見たけりゃ小野
  の御柱」などと昔から言い伝え
  られているように、里曳きはもの
  すごい人の数でした。
 前宮の4本は、全部神社の境 
 内に曳き込まれ、明日、建てら
 れるだけとなりました。
 神社の石段を登っていく前宮3
                           す。  
5.2  
 今年の「大型連休」は、今日も仕事で6日も仕事が入っているから、3~5日の3日間
 しかない。5日は夕方移動しなければならないので、実質的には2.5日というところ。
 特急あずさの混雑が予測されたから、19時新宿発のグリーン車の指定席を事前に
 取っておいたけれど、自由席の立っている乗客が、指定席の通路まではみ出してくる
 というすごさだった。
 そして、22時30分頃家に帰って来た。家族のほとんどは諏訪の御柱祭に行ったり、
 行く途中だったりするから自宅は静かなものだ。
 だから、これから「マッドマックス~怒りのデス・ロード~」を観るのです。映画館で公
 開中は、どうせバイオレンスものだということから観る気がしなかったけれど、そのあと
 での評判が極めて高かったので、鑑賞することにしました。
 自宅のテレビで落ち着いて映画を観られるのは、今夜のようなときだけです。
5.1
 休日は保育園が休みで、両親も仕事で家にいないことが多いから、チビた
 ちの戸外活動は、もっぱら私が担当することになる。
 一昨日の29日は、菅の台の「ちびっ子広場」でアスレチックスを体験した。
 こんな場所が都会の近くにあれば、祭日など人でいっぱいになることだろう
 が、この場所は閑散としていて、思うままに動き回ることができた。
 昨日は、宮田村の「ふれあい広場」に行った。ここにはいろいろな遊具が備
 わっており、菅の台と打って変わって、駐車場を確保するのが大変だった。
 チビたちは、裸足になって小川の中を走り回り、捕まえたカエルを家に持ち
 帰った。保育園に持って行ってみんなに見せると隠して置いたのを、パパに
 見つかって庭に放されてしまった。
 そして今日は、産直市場の「グリーンファーム」。琉クンはここのことを小さ
 い頃から「メエモウ」と呼んでいる。その理由は、乳牛に似た模様をした山羊がいるからだ。ここに行くといつも、カップ
 に入った野菜を100円で買って、動物たちにあげるのが楽しみになっています。
 家に閉じこもっていても、テレビゲームをするのが関の山だから、こうやってできるだけ戸外に連れ出しています。

5.1a


 地区の小学あげるのが校が、「コミュニティスクール」の準備校に指定されました。

 「コミュニティスクール」とは、学校や子供たちが抱える課題や、家庭・地域社会が抱え
 る課題を地域ぐるみで解決し、子供たちの健やかな成長と質の高い学校教育の実現を
 図るため、地域の力を学校運営に生かす「地域とともにある学校」を目指すことを目的と
 して、H16年に、「地方教育行政の組織及び運営に関する法律」として制定されました。 

 今年と来年の2年間で準備を進め、再来年には指定校になることを目指しています。