あと あとのあと   2012年1月

1.31
 八神純子の15年ぶりのアルバムは「VRETH〜マイ・フェイバリット・コッキーポップ」。
 この年代の歌手がカムバックしても、声量が衰えていて聴くに堪えないことが多いのに、
 彼女の透き通るような歌声は健在だ。
 300円高い「ハイブリッドディスク」というやつを買ったのだけれど、これはCD層とSup
 er Audio
CD層との二重構造になっていて、高音質で再生するのには、対応プレイヤ
 ーが必要になってくる。
 今はDVDのプレイヤーで聴いているのだからひどいものだけれど、だんだん可聴帯域
 が狭くなっているのにもかかわらず、新しいプレイヤーが欲しくなっている。 
1.30
 今朝の、毎日新聞の投書欄「みんなの広場」に掲載されていた投書は5件。その人たちの年齢は、71、73、80、
 72、85歳といった具合に、いずれも高齢者だ。
 ビートたけしが「情報7days」の中で言っていたのは、「もっと若い人たちが怒りを示
 せ」ということ。「日本の財政危機のつけをもろにかぶらなければならないのは若い
 人たちであって、今騒いでいる政治家なんてその頃にはみんな死んでしまっている。
 だから、デモの一つもやってみせろよ」とも言っていた。
 若いうちは、反権力の姿勢を持っていて、強い者に向かっていくのが普通の姿であ
 るし、そういった経緯を経ないと、人間としての大成はおぼつかないと思っているけ
 れど、今の若い世代に、そんなエネルギーは全く感じられなくなってしまった。

                          「デモに行こうよ」 1979年の作品です。 

1.29
 毎日寒い日が続いています。
 3時のお茶に、「肉まん」と「ケーキ」を食べたところ気持ちが悪くなり、夕食は一口も食べら
 れませんでした。インフルエンザの前触れでなければいいのですが…。
1.28
 3・11からまもなく、一人のベトナム人記者が取材で被災地に入った。避難所で少
 年にインタビューする。少年は津波で両親を亡くし、激しい寒さと飢えで震えていた。
 一つのおにぎりを家族で分けて食べるような状況だった。
 記者は見かねて少年に自分のジャンパーを着せかける。その時、ポケットから1本
 の
バナナがぽろっとこぼれ落ちた。記者が、「バナナ、欲しいか」と問うと、うなづく
 ので、手渡した。ところが、少年はそれを食べるのでなく、避難所の片隅に設けられ
 たみんなで共有の食料置き場に持っていき、もとの場所に戻ってきたという。
 記者はいたく感動する。帰国すると、〈こういう子供は
ベトナムにはいない。……〉と
 報道した。この記事が大変な反響を呼ぶ。かつて、ドラマ「おしん」が大人気になった
 お国柄だ。
ベトナムからの義援金は100万ドルにのぼったが、このうち、「バナナ
 
の少年にあげてください」という条件つきが5万ドルもあったというのだ。

            「近聞達見」   岩見隆夫     「毎日新聞」   1月28日号 から抜粋しました。
 
1.28a
 何人かの人から、誕生日をお祝いするメールが届きました。
 そのなかのひとつに、「生きていてくれてありがとう」というのがあって、ちょっとジーンとしてしまいました。
 中島みゆきがコンサートの中で、「同じ時代に生まれてきてくれてありがとう」と叫んだり、結婚式で花嫁が、「私を
                生んでくれてありがとう」と両親に語りかけるのと同じように、言葉に心がこめられていると
 思ったからです。
 夜11時過ぎに着いた自宅のディスクの上には、広告ビラの裏側にグチャグチャと細い線が 
 いっぱい書かれた、「じいじへ」という琉くんからのプレゼントが置かれていました。
 さあ、来年の誕生日にむかって、今日は最初の一歩を踏み出すのです。
 
1.27
 62歳になってしまいました。
 みんなに私の年を尋ねると、多くの場合「50代の前半でしょう?」という答えが返ってく
 るのですが、よくよく鏡を見ると、年相応の肌つやになっていることがよくわかります。
 この一年は、思いがけない病気に罹り、宣告を受けた日に「遺言状」を書くくらいの心境
 で、本当にもうダメかと思ったものです。
 おかげさまで病状もよい方向に向かい、こうやって元気に仕事をさせて貰っています。
 張り詰めた毎日と、何かに挑戦し続けたいという気持ちが、外見だけでも若々しさを保つ
 原動力となっています。とかく萎えがちになってしまう気力を、どうやって維持していくの
 かが、これからの課題になっていくのでしょう。
 
1.26
 「ALWAYS・三丁目の夕日'64」が終わっても、席を立
 つ人がひとりもいない中で、スクリーンに映し出されるエ
 ンドロールを眺めていたところ、協力者として、「長野県
 伊那市のみなさん」という文字が目に入った。
 いったいこの映画のどこに伊那市が出てきたのだろうか
 とネットで調べたところ、お葬式の場面は「藤沢セレモニ
 ー」が段取りをし、地元のお酒「井の頭」がラベルで登場
 したというのだ。
 私は全然知らなかったけれど、昨年の2月に、伊那市
 高遠でロケが行われたらしい。
 この映画には、2Dと3Dとのふたつのバージョンがある
 けれど、1964年を舞台にする映画を、わざわざ3Dで表
 現することはないと、私は思うよ。 
1.25
 今朝のNHKテレビ「あさイチ」
 では、「不安症」を防ぐ脳トレー
 ニングをテーマにしていた。
 誰もが日常生活で抱く感情「不
 安」は、時に巨大化し、自分で
 コントロールできないほどの強
 い不安感に長期間悩まされたり、不眠や動悸などの身体症状を引き起こしたりするという。鬱病ではないのだろう
 けれど、なんだか変だと思っている人は、案外この症状なのかもしれない。
 その対策は次のようなもの。まず目をつぶって小川が流れている情景を心に描き、そこに木の葉が1枚2枚と流れ
 てくる様子を想像する。そして、思い浮かんだ「不安」を、ひとつずつその木の葉に乗せて流してしまうことだという。
 「不安」から逃避するのではなく、思い続けることを断つことが肝心で、これを15分くらいかけて行えば、ずいぶん楽
 になるとのことだった。
 早速、新幹線の中で30分以上かけて試みたけれど、私の中の「不安」は少しも和らぐことはなかった。
 
1.24
 そごう八王子店が、1月31日で閉店するようで、今が「ファイナル・バーゲン」の真っ盛り、ものすごい人だ
 かりだ。
 八王子駅のビルにそごうがあるのではなく、そごうの中に駅があると思えるくらいの存在感だったから、少
 なからずショックを受けている。
 近隣の商業地との競合で、赤字が続いていたことが閉店の理由らしいが、これだけの大都市でも商売が成り立た
 なくなってしまうのだから、地方のお店が疲弊するのは無理からぬことだ。
 建物を所有するJRグループは、閉店後の利用については「まったくの未定」だとしている。
 
1.23
 朝、予定表を開いて、医者の予約をしてあったことを思い出した。その時刻が8時45
 分、予約時間は9時からだった。まだパジャマを着ていたから急いで着替え、慌てて
 を磨き、ヒゲは移動する車の中で剃って、2分前にはなんとか医者に到着した。
 私がを失ったのは、若いころまだ軽いうちに医者に行かなかったから。時間が取
 れなかったということもあるが、もうひとつの理由は痛い思いをしたくなかったからだ。
 その頃に比べると、少し削るだけでも麻酔をしてくれるから嬉しい。それでも、いざ削る
 段になると緊張して、身体が硬くなるのがわかる。
 もう一回行かなければならないのだが、空いているのは2月22日以降になってしまっ
 て、私の都合と合致するのは、1ヶ月以上先の27日だ。こんなことをしている間に、次
 の虫が発生してしまいそう。 

1.22  
 村治佳織の「Portraits」というアルバムを聴いていたところ、どこかで耳にしたよう
 な曲が聞こえてきた。ジャケットを確認したところ、それは「インターナショナル」という曲
 だった。
 私が二十歳の前後に、左翼活動のまねごとをしていた頃、いちばんポピュラーな歌
 がこれだった。労働組合の集会のときには必ず歌われ、私の役目はアコーディオン
 で伴奏をすることだった。当時は身体に染みついていた曲が、いつしか意識の中に存
 在しなくなっていたのだ。

             「80年代の若者たちに」  私が1980年に作った詩です。
1.21
 全日本卓球選手権の、女子シングルの準決勝と決勝の試合をテレビで見た。
 12回出場して1度も優勝できなかった福原愛。世界ランキングでシングルの順位の人が、
 日本一になれないのは不思議なことだと言われていたが、今日は強気一辺倒で終始攻
 め続け、見事に初栄冠を勝ち取った。
 卓球の試合は動きが激しくて、一瞬の間にポイントが決まってしまう。だから、誰かに思
 い入れをしながら見ていると、本当に掌(てのひら)に汗が出て来てしまい、心臓の鼓動
 も早くなってしまうから身体に悪い。
 努力を積み重ね、あきらめない気持ちを持っていれば結果は出ることを、彼女も証明して
 くれた。 
1.21a
 伊集院静を知っているのは、夏目雅子の結婚相手だからだった。そのあと篠ひろ子とも結婚
 し、ずいぶんもてる人だなと思ったものだ。
 週刊文春に「悩むが花」という人生相談のコラムを連載していて、歯切れのいい回答に毎週触
 れている。今月、週刊朝日では林真理子と、週刊文春では阿川佐和子と相次いで対談し、そ
 の内容がとても面白かった。そして私と同じ年の生まれだ。
 そんな経過もあって、初めてミステリーに挑戦したという「星月夜」を読んでみた。しかしながら、
 文章が断片的すぎて、つまり文学的すぎて、引き込まれていくものがなかった。
 その中に、登場人物の出身地として、長野県の伊那が突然出てくるけれど、彼とどんな繋がり
 があるのだろうか。 
1.20
 昨夜から今朝にかけての雪は織り込み済みだったけれど、朝、ネットで見た交通情報によると、園原から北の中央
 道がチェーン規制になっていたから、一瞬焦った。
 少し前にオイル交換をしたときに、トヨタのディーラーの整備員の方が、「スタッドレスタイヤの山がなくなっていて危
 険ですよ」と忠告してくれた。17インチのスタッドレスのタイヤは高価で、最近は車で移動するこ
 とも少なくなったからと、新しいものに交換するのを怠っていたからだ。
 それでも「予定通り」午後からは晴れて、帰る頃になったらチェーン規制は解除されていた。
 家にたどり着いて、浴槽に浸かってから気が付いたのは、今日の昼食を採っていなかったこと。
 11時から始まった仕事だったこともあったかもしれないが、今まで気が付かなかったということ
 は、それだけ仕事に集中していたのだと、思いたい。 
1.19
  5日に、このブログでべた褒めした「名鉄小牧ホテル」。今夜は、クリーニングタブが付い
 たままの毛布が1枚、ベッドの上に置かれてあった。
 夜寝る前には、いつも暖房を切ることにしている。それは部屋が乾燥してしまい、風邪を
 引く原因になってしまうと思うからだ。すると、薄い上掛け一枚では体温を保護しきれず
 に、足のあたりがスースーすることが多かった。そこで、前に泊まったときのアンケートに、
 毛布が欲しい旨書いておいたのだ。
 いつか原稿を書くために缶詰になる場合は、こういう気配りが行き届いたホテルに滞在
 したいと思っているが、そんな売れっ子作家のような現実は訪れるだろうか。
 昨日と今日で、4項目の原稿を仕上げた。パソコンの前に座れば、スラスラと文章がわき
 出してくる自分が、まだ健在でいることが嬉しい。

1.18
 このホームページの、「今までのブログ」の月ごとのペー
 ジに使っているボタンの色は、JISのカラーコードの規格
 に準拠している。この表示方法が電子部品に使われて
 いたから、その仕事にかかわっている人は覚えるしかな
 かった。
 覚える方法としては、「黒い礼(0)服」、「茶を一(1)杯」、「赤いニ(2)ンジン」、「第三(3)の男」、
 「岸(4)恵子」、
 「嬰児(5)」、「青二才のろく(6)でなし」、「紫式(7)部」、「ハイヤー(8)」、
 「ホワイトク(9)リスマス」、といった語呂合わせを使ったものだった。
 「嬰児(みどりご)」などという言葉はほとんど死語になっているし、「岸恵子」という個人名を使っているところなど、
 当時はまだ世相もおだやかで、暮らしやすい日々だったのになあと、懐かしみながら作業をしました。
 
1.18a
 今夜のNHK・SONGSには、ザ・タイガースが登場した。
 メンバー4人の会話の中で、みんながそろわないとダメだと思っているということを
 ュリー
が言っていたから、加橋かつみを加えたコンサートが、いつか行われることを
 期待してもいいのだろうか。
 24日の武道館のコンサートのチケットは、いろいろ手を尽くしたけれど抽選にはずれ
 ました。オークションで手に入れるのもしゃくだから、今回は残念だけれど行けません。
 9月9日の、国際フォーラムの初日のコンサートを見ることができたことで、本当は満
 足しなければいけないのでしょうが…。
1.17
 「今年になってからはブログを更新していないのですか?」という問い合わせが複数あった。
 私のホームページのリニューアルをサポートしていただいた方に、「どうしてブログが見られないのでし
 ょうか?」と訊いたところ、「ブログのページをお気に入りに登録してあるからではないですか?」という
 ことになった。
 冒頭の問い合わせをメールで寄せてくれた方に電話をして、その場で私のホームページを開いて貰っ
 たところ、ブログが見られない原因がわかった。なんと、トップページの下側に移動したことに気づいていなかったの
 だ。
 再びサポートの方と電話で話し合ったのだが、その人の気持ちがわかるような気がするということになった。慣れと
 いうのは怖いもので、ひとつの行動が日常化していればしているほど、同じ動作を繰り返してしまうのだ。
 対策としては、2012年のブログのボタンを追加して、開いたらコメントが現れるようにしたいと思っているけれど、今
 夜はマウスの調子がおかしいので、作業はしません。
 それにしても、よく半月間も我慢をしてくれました。心配りが行き届かなくて申し訳ありませんでした。
 
1.16  
 「私が診断してはいけないけれど、ずいぶん回復されていますね」と、MRI室の職員
 の方がおっしゃった。どうやら、私が騒音の中に身体を横たえていたときに、出力され
 てくる画像を見ていたようだ。
 脳神経外科の担当医は、3ヶ月前に比べると静脈の影がほとんどなくなっている画像
 
を見て、「何も治療をしないでおいてよかったですね」と言われた。選択しなければな
 らなかった治療方法は、いずれもリスクを伴うものだったからだ。
 この頃は、血液が噴き出す音が聞こえるときの方が少なくなり、症状が和らいでいる
 ことをうすうす感じてはいたが、こうやってきれいになってきた画像を実際に見ると、絶
 望的な状態を脱したのだという確信が得られた。
 傷口や皮膚の近くが病んでいるのだったなら、さすったりすることもできるのだが、事
 が頭蓋骨の中だったから、「音よ止まっておくれ」と念じるしかなかった。それが通じ
 たのかどうかはわからないけれど、次の診察は半年後になりました。これで、自分で設定した枠を、少しはみ出して
 もいいのかな?

1.15
 駒ヶ根市の東伊那区。自治組合名は塩田、そして常会の名前は箱畳。東、西、南、
 北、中と6つの組があって、私の家が属しているのは南組だ。
 今日は、南組の6軒が集まって、駒ヶ根高原の菅の台で、毎年恒例の新年会が催
 された。
 今朝も寒かったから、早速温泉に入って体を温めたあと、美味しい料理を食べなが
 ら、親睦を深め合いました。
 私は全くお酒を飲まなかったけれど、みなさんたくさん飲めてうらやましいね。  
1.14
 私はおよそ小説からしからぬ時間割を持っている。
 起床は冬ならば午前6時、夏には午前5時で、つまり未明に目覚めるのである。し
 かるのちコーヒーを淹(い)れて書斎にこもり、仕事を始める。朝食と昼食のために
 執筆を中断するのはせいぜい10分間で、いわゆる食休みというものはない。
 午後2時ないし3時には、どれほど興が乗っていても筆を擱(お)く。過ぎたる情熱
 はともすると文章を乱すからである。常に一定の熱量を維持していなければよい文
 章は書けず、面白い物語を思いつくこともできない。このあたりの呼吸は職人の感
 覚であろう。
 それから夕刻までの数時間は読書に勤(いそ)しむ。これが趣味の時間なのか仕
 事の延長なのかは難しいところであるが、要するに私の仕事は趣味が昂(こう)じ
 た結果なので、そのどちらとも決める必要はあるまい。


 浅田次郎は、上記の日課の他に、毎週土・日は必ず競馬場に通っている。
 自衛隊に入隊していた経緯もあり、39歳で初めて小説が本になったという彼の
 章
に触れると、私が並べる文字など至ってちんけで、プロの物書きのレベルには
 ほど遠いものであることを痛感させられる。

1.13
 東京よりもはるかに寒い長野
 に帰ってきて、録りためておい
 た「
バーレスク」を観た。
 去年映画館で観たかったのに
 機会を逃してしまったもの。
 こういう感性とスケールの映画
 は、残念ながら日本では作れ
 ないだろう。
1.12
 今夜は10時半頃まで仕事をしたので、23時を過ぎてから、ホテルの一階に
 ある「
庄屋」に夕ご飯を食べに行った。
 黒板に書いてあった「本日のおすすめ品」の中から
アイナメの刺身を頼みしば
 らく経ったころ、店長らしき人がお皿を持ってやって来て、「あいにく
アイナメ
 切らしてしまったので、これは
メジナですけど僕からのサービスです」と言う。
 粋なことをやってくれるじゃないかい「
庄屋」さん。私なんか、アイナメメジナ
 の違いすらわからないというのにねえ。
 
1.11
 新年会でお客さんと大宮の街に繰り出した。私が夜の街に出て行くなんて、本当に
 久しぶりのことだ。
 今から10年くらい前に、仕事で富山に通っていた頃は、桜木町にある
クラブスナ
 ック
3軒くらいにボトルを入れていたものだが、今はそれだけの意欲もエネルギーも
 財力もなくなってしまった。
 昔は魅力的だった
ネオンの輝きに、ときめかなくなった自分が、ちょっぴり寂しいな。
1.10
 野呂さんという方が
ノロウィルス名称変更を申し立てているというニュースを聞いて 
 感慨深いものがあった。世の中もついにここまできたのか。まあ、私だったらイケダウ
 ィルスなんて名前があったらむしろ嬉しいけれど、人それぞれだから不愉快な方もい
 るだろうことは察しがつく。
 しかし、だからと言って
ウィルスの名前を変えてくれという要求を冗談ではなくマジで
 するとはすごい。取り上げるマスコミはもっとすごい。日本もいよいよ瓦解への道をす
 べり落ち始めたのかもしれない。


      「池田教授の机上の放論」 池田清彦   「週刊朝日」 1.6・13合併号から抜粋しました。
 
1.9b  
 録画しておいた「マディソン郡の橋(The Bridge of Madison County)」を見終わった。
 これは、1995年の9月に公開された、
クリント・イーストウッドの作品で、アイオワ州
 の片田舎で出会った、平凡な主婦と中年のカメラマンの4日間の恋を描いているもの。
 今は、見終わったあとの余韻に浸っているところだ。
 16年前の1995年、私はこんな映画が公開されたことも知らずに、いったい何をして
 いたのだろうか。
1.9a
 今年は年末に欠礼の挨拶状を出したこともあって、
年賀状は60通ほどしか届かなか
 った。その中でいちばんほほえましかったのは、私がこの仕事をはじめた頃のお客さ 
 んから届いたやつ。
 「
当方6月よりマンションの管理人の仕事をしております。これにより、市の生活指導
  を受けなくても、中性脂肪が70も下がりました。ヘヘヘ…
」と書かれていた。
 確か私と同じくらいの年齢だと思ったけれど、もう10年以上前にリストラされ、いろい
 ろな仕事に従事してきたはずだ。
 これが人生最後のステージかどうかはわからないけれど、肩の力が抜けた生活をし
 ている様子が伺われ、なんだかとても嬉しかった。
 
1.8
 今日は、豊科の犀川に白鳥を見に行きました。
 前に行ったときには水辺まで入れて、餌をあげることもできたのに、
鳥インフルエンザ
 の対策からか大きな堤防が築かれて、中州にいる様子しか見ることができなくなって
 いました。したがって、カモやオシドリなんかも、少し離れた場所から眺めることしかで
 きませんでした。
 その堤防にはアマチュアカメラマンがいっぱいいて、白鳥が飛び立つ瞬間を狙ってい
 ました。皆さん大きな望遠レンズを構えていたけれど、私は135ミリのズームしか持
 っていないので、白鳥が小さくしか写りません。そこで、画像をトリミングして拡大したものを、GALLERYに並べて
 みましたので、ぜひご覧になってください。
 
1.8a
 
民主党政権の足を引っ張れば自動的に自民党が、あるいは小沢グループなどが勢いを増すと考えるのは勘違い
 だ。その見方は国民をばかにしてはいないか。こっちがダメなのはあっちもダメだから程度の事実に我々はもはや
 気づいている。
 
増税というよりも国の運営に必要な資金を、国民から集めるなら、集める方もそれなりの姿勢を示さなければいけ
 ない。集める必要性はない、国債で賄えという主張はそろそろ無責任だ。景気がよくなってから
増税しろというのも
 いただけない。
増税に文句がないほど景気がよくなることなど金輪際ないからだ。
 そんなことより、疑われているのは
増税が必要と主張する国とはいったい誰かだ。ほとんどの人にとって国とは自
 分ではない。では野田佳彦首相を頭にする内閣か?それに連なる霞ヶ関の官庁か、お役人か?我らが代表の国
 会議員たちか?天皇陛下か?もっと税金が欲しいのは彼らか?
 いったい誰なんだ?誰のために
増税するのか、そこが本質的に問われている。選挙
 での
増税の賛否を問うなど愚の骨頂、政治の責任放棄だ。増税に賛成する国民など
 気持ちが悪い。反対だが仕方あるまいというのが正しい国民だ。民主党のマニフェス
 トに
増税がないことなど、やってみたら違った、ごめんと真実を説明すれば済む話だ。
 そんなことであのときの民主党を選んだのではない。自民党が自爆したから、違うや
 り方に期待したのだ。鳩山由紀夫、菅直人2代の政権を経験し、やらせてみるとほん
 とうまくいかないものだとつくづくわれわれはがっかりしているのだ。
 その裏には小泉純一郎首相の派手なパフォーマンスへのぬぐい難い郷愁がある。だ
 が、あのまねはできないことは後続の5人で確認し、地味と着実が売りの野田さんに
 今賭けている。
 首相は毎年必ず変わる習性から、とにかく仕事をみっちりやってくれ型に変わろうとし
 ている。実は経済内容より交替しないことに最大の貢献がある。従来通りの発想で国会運営が、支持率が、で総
 
選挙を見通す政治感覚に何の意味があるのか。選挙をやっている場合なのか。

       「誰が選挙を望むのか」  菊池哲郎のコスモス    「毎日新聞」 1月8日号からの転載です。
 

1.7
 新聞紙の収納ラックをネットで探して注文した。届いた製
 品は、新聞紙を入れるときに折りたたまなければならない
 もので、欲しかったものとはサイズが異なっていた。
 それが左側の画像だけれど、よく見ると新聞紙が折りたた
 まれている。私の確認不足だ。そこで左側のものを再注文 
 することになるのだが、
ネットによる購入だと現物を確認す
 ることができないから、こういった間違いを冒してしまう。
 今回は、返品ができるかもしれないけれど、送料の方が高
 くつきそうだからやめた。
ネットによる通販は便利だけれど、
 一歩間違えるとむだ遣いになってしまいます。


1.6
 歌手のギャラのことなんだけれど、北島三郎なら一人で、スマップなら5人になる。エグザイ
 ルだと14人にもなって、AKB48の場合は多すぎて数え切れない。
 一人ひとりにはそれぞれの生活があるから、それ相応のギャラを払わなければならないとす
 ると、人数が多くなるにしたがって、雇う側が払わなければならないギャラは多くなっていくの
 だろうか?
 一人とひと組は歌手の単位としては同等だから、同じ額のギャラでいいような気もするが、そ
 れが成り立つのだったなら、グループの場合は一人あたりの取り分が少なくなってしまう。
 まあどうでもいいことだけれど、以前から気になっていることなのです。
1.5
 今までいろいろな
ホテルを利用したけれど、私の名前を覚えていてくれるのはこの
 テル
だけだ。エレベーターを降りてフロントに近づいていくと、すぐにルームキーが手
 渡される。インターネットで予約したから素性は明らかになっているのに、形式的に住
 所まで記入されるところとは大違いだ。しかも、この応対をしてくれるのは特定の従業
 員に限られているのではなく、誰もがみんな同じ動作をするのだから恐れいる。
 もうひとつ気に入っていることは、ベッドメイキングの違いだ。他のホテルは上掛けに
 シーツをからげているだけだから、朝起きてみるとシーツがグシャグシャになっているのに、このホテルはシーツが
 袋状になっていて、上掛けと一体になっているのだ。こんなことは家庭では当たり前のことだけれど、最近のホテル
 はどこも手を抜いてしまっている。
 今夜泊まっているこのホテルの名前は「名鉄小牧ホテル」。そんなわけで、今年の私の仕事がスタートしました。
 
1.4  
 毎年恒例の「新日本プロレス1.4東京ドーム大会」、今
 日が仕事始めだった長女の婿は時間休を取った。
 私は彼がビールを飲んでもいいように、雪が降り始めた
 中を自宅まで迎えにいってと、それぞれ力を入れてテレ
 ビ観戦に臨んだ。
 お目当てのひとつは内藤哲也武藤敬司と戦う試合。
 内藤武藤の「間」の世界を崩すことができずに完敗し、
 悔し涙を逃がしながらリングを去っていった。
 そしてメインの棚橋鈴木のIWGPタイトルマッチは26
 分にも及ぶ熱戦の結果、鈴木のゴッチ式パイルドライバ 
 ーを跳ね返した棚橋が、ハイフローの2連発で勝利を収
 めた。
 例年これを見終わらないと、日常生活に戻っていくこと
 ができなくなってしまっています。
1.3
 今日は、録りためておいた番組を一気に見ることを試みた。「8人の女たち」や「
 や「渡辺貞夫や葉加瀬太郎」のコンサートなどだ。いずれも長時間の番組なので、
 まとまった時間が取れないとなかなか見ることができない。

 倉本聡脚本の「」は、カナダの壮大なロッキー山脈でロケされたドラマ。孫の再生
 を図るために命を賭けた祖父と、大自然の中で人間の力だけで生き抜こうとした孫
 の心温まる物語だ。
 そこで感じたのは、現代の私たちは、「生かされている」のであって、決して自分の
 力では「生きて」いないのではないかということ。は、やむを得ず動物を殺すたび
 に墓を作り、十字架を立てて感謝するようになっていった。

1.2
   第十六番                              光善寺のおみくじ

 いままで準備してきたことがようやくまとまって、新しい希望が湧いてくる時。
 新規の事を始めるチャンスでもあります。
 見通しも明るく、調子もよい、こういう時は喜びすぎて遊びに走りがちなので自重すること。
 油断が思わぬ失敗を招きます。目上の引き立てがありそう。

 
仕事 順調。仕事や取り引き全てうまくいく。ただ、目的をはっきり決めてから進むように。
元旦 
 あけましておめでとうございます。

 ホームページをリニューアルしました。
 最初はトップページを4分割して、真ん中にサブページが表示されるようにしようとしたけれどうま
 くいかず、その次は自分で「ホームページ・ビルダー」で3分割に挑戦したけれど挫折し、最終的
 にはこのように今までのスタイルとなってしまいました。だから素人臭さはぬぐい去れていません。
 フォルダー数225、ファイル数7657を、全部「ホームページ・ビルダー」版に修正した、おびただ
 しい時間とエネルギーを注いだ「60の手習い」は、やっとこれで終結しました。
 なにしろ莫大な工数を必要とする作業でしたから、あちこちに不備が見られるかもしれません。もし見つけていただ
 いた場合は、ご一報いただければ幸いです。

 今年もお世話になりますが、このブログもよろしくお願いします。