あと あと のあと  2013年 8月


   赤いほうせん花 お庭に咲いたよ
   灼けつく夏の日 暑さも知らずに
   かわいい娘は 爪先染めたよ
           鳳仙花

                         
赤いほうせん花 お庭に咲いたよ
     詞 : 金享俊 ・ 金護経       やがて夏去り 秋風吹けば  
     
曲 : 洪欄坂              ほうせん花種蒔け 遠くへはじけよ

8.31
 東京・新宿の事務所を、今月いっぱいで閉鎖しました。
 3年ほど前に、お師匠さんが「東京に事務所を出せば、仕事が3倍になる」と強力
 に勧めてくれたので、開設してみたというのが経緯です。
 そこは「バーチャルオフィス」でしたから、私は申し込みに行ったきりで、それ以後
 1度も顔を出したことがありません。そして、事務所を出したことによる、目に見え
 た効果はありませんでした。
 1年くらい経ったときに、「何も変わりません」とお師匠さんに話したところ、「それ
 じゃあやめれば!」という素っ気ない反応でした。今はネット社会ですから、どこ
 に事務所があるかはあまり関係ないようです。
 別に他人のせいにするわけではないのですが、毎月の、家賃と固定電話の費用
 に手数料525円の加えながらの振り込み作業が、なんだか空しくなってしまったのです。そして、形だけの事務所
 などという小手先の対応なんか、この仕事を進める上では通用しないということなのです。

8.30
 トマトとキュウリの棚を壊して、キャベツの苗を植え、白菜と大根の種
 を蒔いた。
 キャベツは、5種類の苗を18本植えたが、その作業の最中にモンシ
 ロチョウが飛んできて、卵を産みそうな気配だった。春に植えたキャ
 ベツ
は、青虫の侵略に遭って、葉っぱが蜂の巣状態だった。
 大根は、おかめ大根と青首大根を2種類、白菜は60日と75日の種
 をそれぞれ蒔いた。白菜に、収穫時期の種類があることは、今回初
 めて知ったこと。60日のものは「やわらかく、うまい」、75日のものは
 「賞味よく、貯蔵向き」と、それぞれ袋に表示されていた。
 これらは、週末に雨が降ることを想定しての作業だ。
 
8.29  
 木村沙織がキャプテンになった、新生火の鳥NIPPONの試合は、トルコ、ポーランド、仙台と
 続いた予選ラウンドを、全試合テレビ(当然録画だけれど)で見ている。
 メンバーが新しくなったため、フォーメーションがぎこちなくて苦戦の連続だったが、昨日のイ
 タリア戦では見違えるような動きになり、ワールドカップチャンピオンのイタリアにストレート勝
 ちした。中でも、18歳のセッター宮下遙の成長がめざましい。
 そして今夜のブラジル戦をホテルで観戦しているけれど、金メダルチームを相手に、手に汗を
 握る熱戦だ。日本の必死さは十分伝わってくるけれど、さすがにブラジルは強い。
 だけど、これからの伸びしろに期待できる、火の鳥NIPPONでした。
8.28
 今日は、琉くんとふたりで諏訪湖に行ってきた。
 到着したのが、13:20出航の5分前で、「間に合いますか?」と訊いたと
 ころ、「お客さんがいれば出航し
 ます」との答え、なんと乗客は私
 たち2人だけの、貸し切り状態
 ったのだ。
 琉くんは4歳に満たないから乗
 船料は無料で、私の料金は80
 0円
。それなのに、乗員2人と、
 桟橋の担当1人の合計3人が、
 親切に対応してくれました。琉くんは大喜びだったけれど、なんだか、申し
 訳ないような気持ちになったのです。
 
8.27  
 私は、会話によってコミュニケーションをとることが苦手だ、というよりほとんどできな
 い。その理由のひとつは、言葉を発する前に、いったん何を言おうとしているのかとい
 うことを思い浮かべないと、口から出る言葉にならないからだ。
 だから講演会のように、一定の時間を繋がなければならないときには、あらかじめ話
 す内容を事細かに想定しなければならないから、たいへんなエネルギーを要する。
 例えば学校の先生のように、頭の中にためてあった「知識」を、整理しながら同時に
 言葉にできる人がうらやましい。
 そんなこんなもあって、他人と話をすることに対しても、自然と腰が引けてしまうのだ。

8.26  
 大正15年生まれだからおじいさんと同じ世代で、海軍に入隊していたから似たような頑固さをも
 っている知人の話です。
 その人は東京に一人で住んでいるのですが、最近痴呆症が進行していて、私がお伺いしたこと
 を、夕方になったらもう忘れているそうです。いまいちばん困っているのは、上の階が騒がしいか
 らと、ゴルフクラブで天井を叩くことで、マンションの管理組合からは退去依頼が来ています。
 奥さんに先立たれ、一人娘は外国に住んでいるために、老人ホームへの入居も策略したのです
 が、決めておいた見学を5回もキャンセルしたために、その話も立ち消えになってしまいました。
 「晩節を汚すな」とよく言われていますが、これは私自身にもいつかはあてはまる事例です。
8.25  
 金曜日の午後から今日にかけて、待望の、そしてまとまった雨が降った。カラカラ
 になっていた畑や田んぼが、このお湿りで少しは癒されただろう。
 田んぼのは、この日照り続きのために、面積の半分くらいが枯れてしまい、実
 りが望めそうにない。「共済の保障を申請する」と、耕作者がおっしゃっていた。
 土の中に埋めた人参は、上に出ている部分にカビが生えてきてしまい、保存に
 失敗してしまいました。野菜作りも難しいのですが、夏場の保存をどうするのかも
 これからの課題です。
 この雨で、土手の草が伸びてきそうな気配。秋野菜に何を作るのかも検討開始
 です。
8.24b
 「第25回天竜かっぱ祭り」の花火は、自宅の目の前の天竜川河畔で打
 ち上げられる。今年は全部で約2000発、2尺玉や200mのスターマイ
 ンが楽しめた。
 お盆から1週間しか経っていないけれど、弟夫婦や長女夫婦がまた集ま
 って、過ぎゆく夏を惜しむかのように、みんなでビールを消費した。
 長女が差し入れしてくれた新サンマの刺身、そして塩焼きをしたものは、
 いずれも秋の到来を感じる味がしました。
8.24a
 昨日のブログで書き忘れたことですが、「雨の中に消えて」の第1話を見ていたところ、
 「はにころもをきせる」という台詞が耳に飛び込んできて、瞬間的に違和感を感じたの
 です。
 「歯に衣着せぬ」とは、「相手に遠慮なく、率直に思ったことを言うことのたとえ」ですが、
 その中の「」は、「ころも」とは読まずに「きぬ」と発音します。
 物語の前後の流れから見て、意図的に間違った使い方とをしたとは思えません。これ
 が現代だったなら、おそらくネット上に指摘する書き込みがあふれることでしょう。
 
8.23
 石坂洋次郎原作の、「雨の中に消えて」のドラマが、テレビで放映されていた
 のは1966年のこと。舟木一夫が主演していたこのドラマを、長野のローカル
 テレビ局は土曜日の昼から放送していたから、まだ高校生だった私は、毎週
 土曜日の授業が終わると家に飛んで帰って、テレビにかじりついていたもの
 である。
 私はこのドラマが再放送されることを切望していて、定期的に「雨の中に消え
 て
」というキーワードを、インターネットで検索していた。そして今日から、スカ
 パーの「チャンネルNECO」での再放送が始まった。
 放映形式はモノクロ16mmフィルムでアフレコ(アフターレコーディング)とい
 う、デジタル社会の現代から見れば時代遅れも甚だしいのだが、こんなところから私の青春が甦ってくるのです。
 
8.22
 中央西線の勝川駅周辺で、どこか夕食が食べられるところがないものかと、しば
 らくの間散策してみたが、入りやすいお店がなかった。居酒屋には、なかなか一
 人では入れないものだ。そこで、コンビニで何かを買って、ホテルの部屋で食べ
 ることにした。
 勝川駅の両サイドには、同じコンビニが店を構えている。私はカレーを温めてもら
 ったのだが、予想どおり請求しないとスプーンを付けてくれない。それは、前に反
 対側のコンビニでヨーグルトを買ったときに、スプーンを付けてくれなかったため
 に、人差し指ですくって食べた苦い経験があったからだ。
 従業員に対する教育が徹底されているかどうかで、その企業の体質がおおよそ
 わかるのだが、この業界でナンバーワンのこことは違うコンビニでは、おそらくこ
 のようなことはないのではないかと、私は思う。
 
8.21
 少し前までは、電車による移動の時間は私の稼ぎ時で、コンピュータに文
 字を打ち込んだり、本を読んだりする貴重な時間帯だった。
 ところが最近は、何もせずにうとうとしてしまうことが多くなってしまった。
 今日なんかは、新幹線に乗って「週間文春」を読み出しのだが、本文の1
 ページ目を読み出したところで瞼が重くなり、「ただいま定刻通り三河安
 城駅を通過しました。あと9分ほどで名古屋に着きます」という車内放送
 を、うつろな意識の中で聞くような状態だ。
 暑さで体が弱っていることもあるのだろうけれど、行動の原動力となる
 ワー
がなくなっているのだとしたら悲しいことだ。

8.20  
 それまで勤めていた、長野県立の社会福祉施設を辞めたのは30歳のとき。3人目の子供が
 産まれるというのに、それをほったらかしにして、友人と千葉に会社を作るためだった。
 父を市内の食堂に連れて行き、ソースカツ丼を食べながらお願いをすると、長男で家の面倒
 をみなければいけない立場なのに、そのことにはひと言も触れずに、「民間は厳しいぞ」と言
 って許可してくれた。
 その父の心配は現実のものになり、甘ったるい「お役所」の環境の中にいた私は、それから
 2年間くらいは、「社会復帰」をすることができなかった。
 自分たちが興した会社の運営はすぐに立ちゆかなくなり、松戸市で
 知り合ったある会社の社長が経営する小さな工場に寝泊まりをして、その会社のお手伝
 いをするようになった。収入が全然ないから、食べる物はインスタントラーメンと食パンの
 みで、やがて栄養失調のために、手の指の爪に深い溝ができた。
 社会福祉施設を辞めたことは、それから何年にもわたって後悔していた。まだそこに籍が
 あるようなないような不安定な夢を見なくなったのは、つい最近になってのことだ。
 あのときの「挫折」がなかったなら、もっと自分の力を過信し、おそらくちょっとしたことでも
 気持ちが揺れ動き、何事にも辛抱することができなかったことだろう。
 だから「挫折」するのは悪いことではないけれど、それはまだエネルギーのある、若いときだけのことだ。

8.19
 知人から私の携帯に突然電話がかかってきたのは、2ヶ月ほどまえのこと。特に用事は
 ないようだったので、そのうち孫を連れて自宅にお伺いしようと思っていた。
 そして今日、お願いしたいことがあったので電話をしたところ、なんだか雰囲気がおかし
 くて、本人の声にも力がない。肝臓ガンの手術をして、入院しているのだという。
 その人は、私の恩人のうちの一人で、その人のサポートがなかったなら、この仕事はお
 そらく軌道に乗らなかっただろう。お酒が好きだったから、心配はしていたけれど、今日
 から仕事で出て来てしまったから、週末にお見舞いに行こうと思っています。
 あの時の電話で、ガンを告知されたことを私に伝えたかったのかもしれない。きっと不安
 な気持ちになったのでしょう。
  
8.18
 撮影した画像を編集していて感じるのは、カメラの性能が一段とよくなって
 いるということ。それは、単にピクセルの数値が大きくなっているだけではな
 く、画像の質が向上しているのがわかるのだ。
 画像のほとんどは、このホームページにアップするために、データ量を約40
 分の1に縮小しているから、ピクセル数値が大きくてももったいないのだけれ
 ど、そうなっても、カメラ自身にある余裕が、画面に反映されている。
 今年の夏は旅に出られなかったから、このカメラの性能を発揮させる場面が
 ありません。
8.17
 盆休みの前に持ち帰った仕事がになっていた。
 それは内容が難しいからではなく、ギリギリにならないとなかなか腰を上げない私の性
 分が、まだ何日もあるからと、なかなかスパートをかけようとしないからだ。子供の頃の
 夏休みの宿題も同じパターンで、最後の日になって泣きべそをかくことになった。
 もうひとつの進まない理由は、この脳みそが解けてしまうようなさだ。エアコンのない
 私の部屋は、佇んでいるだけでも汗が流れ出るような状態だから、思考力が全く機能し
 ない。 だから追い詰められる前の昨夜、遅くまでかかってなんとか仕上げた。
 今日はやや和らいだけれど、の盛りとは、いつもこんなにも暑かったのだろうか。 
8.16





 
  春蒔いた人参が採れたけれど   ネットで調べたところ、土に埋   ↑ 先月蒔いたものは、うまく芽を出し
    問題はどう保存するかという     めるのがいちばんだというこ      たのですが、この暑さで、とんどん
    ことでした。                とがわかりました。           ダウンしています。

8.15

    戦争をはじめる者は戦場にいない。
    戦場には、名もなき者の、屍が並ぶだけである。


      伊集院静の 「悩むが花」   「週刊文春」 2013.8.15.22 からいただきました。
8.14
 普段は仏壇の中にある位牌を、お盆の間だけ座敷に出して飾り付けます。
 前の二段に敷いてある茅は、12日の午前中に編みました。左側にある
 吹き流しのようなものは、8日のお施餓鬼に、お寺からいただいてきたも
 のです。
 掛け軸は、おじいさんの妹の書によるもの。先日亡くなった、おばあさん
 の妹の写真も飾ってあります。
 スイカは、弟が持ってきてくれた名産地波田のものです。 
8.13  
 迎え盆。
 松本に住んでいる弟夫婦と、長女夫婦を迎えて、大ビール大会開催。そのあ
 と庭に出て花火に興じた。
 昼間の熱を蓄えているアスファルトは、ちょうど肌に優しいあたたかさだったの
 で、私は寝転んで写真を撮っていた。
 夜は涼しい風が吹いて、もうあちこちから虫の音が聞こえてくる。 
8.12
 久しぶりに行ってみた野菜畑は、様変わりしていた。
 一日20本も採れたキュウリは、
 雨が降らない影響もあるのだろ
 うが、枯れ始めて(左)、もう新し
 い実もあまりついていない。
 まだ両親が栽培していた頃、棚
 のキュウリが採れなくなると、
 這い胡瓜
が実りだしたことを覚え
 ていたので、その種を蒔いてお
 いたところ、右の写真のように大
 きくなり始めた。ただ、地面は乾ききってひび割れているくらいだから、ぼ
 つぼつ「恵みの雨」が欲しいものだ。
 
8.11
 新日本プロレスの、「G1・クライマックス」最終戦の両国国技館
 に、今年も行ってきた。
 昨年より5千円値上げされた、2万円の砂かぶりの席の、通路
 の側に座っていた長女の婿は、選手が入場と退場をするたび
 に、スマホで写真を撮って体に触ることができたから、十分元を
 とったことだろう。
 昨日の同会場での試合も生中継で見ていたけれど、今日の興
 業に繋がるような結果だったから、中邑 o r 内藤 vs 柴田によ
 る決勝戦を予想した。しかし、棚橋が柴田に勝つという、私にと
 ってはうれしい誤算があり棚橋を応援していたが、最終的には
 内藤
が初優勝を果たした。
 G1の全9戦の全試合をテレビで見ていて、内藤はふがいない試合ばかりしていると感じていた。ケガによる8ヶ月
 にもおよぶ長期欠場というハンディはあったにしろ、参加20選手中2人が、骨折のため途中でのリタイヤを余儀な
 くされるというハードなシリーズの中で、はたして内藤が全選手の熱い想いを背負ってもいいのかという疑問が残っ
 たため、なんだかスッキリしない結末だった。観客も、たぶん同じような想いをしている人たちが多いと見られ、いつ
 ものような爆発的な熱狂は、決勝戦のあとに醸し出されることはなかった。
 
8.10  
 古杉が鬱蒼と茂り、車が一台ようやく通れる道を2キロメートルほど入った、深閑とし
 た山の中に本堂があります。世間の騒音は一切有りません。静かさの余り、耳鳴り
 がするほどです。1334年に入道圓心という人が世を逃れて、この山に草庵を建て
 たのが、始まりだそうです。
              「信州伊那谷の風土記」より

 お葬式のあと、親戚のメンバーで「お寺参り」に行った「曹洞宗 雲居山 竜勝寺」は、
 人里離れた高遠の山奥にポツンとある、落ち着いた雰囲気のお寺でした。
 お葬式の中で唱えるお経は、宗派によっていろいろな内容のものがあるのですが、
 曹洞宗のご詠歌は心に染み入るような厳かなもので、参列者はみんな褒めていま
 した。お葬式の一日は、「何もしない」ことの連続で、こんなおだやかな時間の流れ
 の中に身を置いたのは、本当に久しぶりのことです。
8.9


     
鳴かぬなら  鳴きましょうか?  ほととぎす         壇蜜


            「AERA」 8.12-19   「現代の肖像」 の中からいただきました。 
8.8
 火葬場から直接移動して飛び乗った、茅野駅発17時28分発の特急あずさの指定席は、私
 が確保した
グリーン席を最後にして、すべて満席になってしまった。自由席は立っているお客
 さんがあふれているために、車内販売のワゴン車が
移動できないとの車内放送があった。
 これは確実に偏見を伴うもので、一歩間違えると「差別」なってしまうことだが、グリーン車など
 の料金の高い座席は、お客の「質」も高いという傾向があるのではないかと思っている。ところ
 が今日のグリーン車の私の後ろの席に座った客は、頻繁にあたりに響き渡るような咳払いを
 し、絶え間なく独り言をつぶやいている。
 世の中にはいろいろな人がいるし、自分一人の都合を優先させてはいけないけれど、それが
 気味が悪いのだから仕方がない。 そんなわけで、極めて居心地の悪いグリーン席だ。
 
8.7
 名古屋にいた私に、11時過ぎにかかってきた従兄弟からの電話は、母の妹の死を知らせるものでした。2年近く前
 からうつ病を患っていた彼女は、自分の命を自ら終わりにするべく、今朝早くに入水していったということです。
 10人兄弟の末っ子だったため、長女だった母の子供の私と年齢がそれほど違わず、私が小学校に入学したときに
 は、同じ小学校の6年生という間柄でした。母の実家は、私の自宅から300mくらいしか離れていなかったため、私
 は高校生の頃までよく遊びに行き、叔母さんというよりも、むしろ姉弟のような関係でした。
 今日お伺いしていたお客さんのご厚意により、18時からの枕経と、そのあとの納棺に間に合うことができました。今
 朝の早い時間に書き残したと見られる小さな紙切れに、「幸せでした」という文字をみつけたとき、いなくなってしまっ
 たということは悲しかったけれど、なんだか救われたような想いがしたのです。

8.6
 昭和天皇に戦争責任はあるのか? マッカーサーはどう判断を下すの
 か? ついに昭和天皇とマッカーサーが会見する日が来る。
 映画では、アメリカ占領軍の内部事情や昭和天皇をめぐる思惑がとても
 よく描かれていた。何よりも、この難しいテーマによくぞ挑戦したと思う。

                                   (田原総一朗)
 私は、田原さんのテレビ番組や著作によって、太平洋戦争開戦前の状況
 から終戦に至るまでの動きをあらかじめ知ることができていたから、この
 映画が訴えようとしていることがよく理解できたけれど、東條英機や近衛
 文麿や木戸幸一などの当時の立ち位置を把握していないと、この映画を、
 こんなにも生々しい思いで受け止められなかったのかもしれない。
 ハリウッドでプロデューサーを勤めた奈良橋陽子氏が、この映画に登場する関屋貞三郎宮内次官の本物の孫であ
 ることも興味深い事実だ。
 世界で映画で初めて、皇居敷地内で撮影を敢行したほか、希少な歴史写真を元に皇居の内部までもが再現され
 ている。ただし、天皇に焦点をあてたこの手の映画は、日本で制作することはほとんど不可能だろう。
 
8.5
 花壇のグラジオラスの花が、最盛期を迎えている。
 この23種類の球根は、家人がJA(農協)の生活班を通じて注文したもの。
 だから、近所に、同じような色をしたグラジオラスがいっぱい見られます。
 親戚のおじさんからアドバイスがあったので、まだ背が低かったころから支
 柱で支えました。それでないと倒れるくらい、花の部分が重たいのです。
 グラジオラスは寒さに弱いので、秋に球根を掘り上げて、翌年の春まで貯
 蔵する必要があるようです。葉が完全に枯れてしまってから掘り上げると
 土の中で小さな球根がバラバラになってしまうので、葉が完全に枯れる前
 に掘り上げなければならないことも、ここで勉強させてもらいました。
 
8.4
 「ハグロトンボ」が帰ってきた。
 もう20年以上前のことだが、土地改良をする前は自宅の北側を細い川が流
 れていて、夏になると「ハグロトンボ」が、蝶のようにひらひら羽ばたいていた。
 「帰ってきた」という言い方をしたのは、ここしばらく見かけなかったものが、今
 年は何羽も住み着いていて、それがうれしかったからだ。
 トンボについては、オニヤンマもよく見かけるようになった。トンボたちの生息
 する環境は厳しいのに、よく戻ってきてくれました。 
8.3b
 今朝は、朝ご飯を食べるのが10時頃になってしまった。その理由は、野良仕事に着手
 するのが7時近くになってしまったからだ。動いても動いても、やらなければならないこと
 が終わらないから、遅い時間に着手すると、当然のように区切りがつくのも遅くなる。
 草刈りをしてあった田んぼの土手の草を集めて、堆肥作りのために積み上げた。芝生に
 生えていたしつこい雑草を全部引き抜いた。キュウリとトマトとナスの剪定をし、芽を出し
 た人参のまわりの草取りをした。
 別に体をいじめようとしているわけではないけれど、さすがに夕方近くなるとぐったりして
 しまう。でもどこかに、精一杯動いているという充実感があるのです。 
8.3a
 白馬五竜高原植物園の花の写真を GALLERY にア
 ップしました。
 「植物園」といっても、標高1515mのところにある高山
 植物のお花畑で、8人乗りのゴンドラに乗って移動しま
 す。
 昨日の当地の気温は19℃、帰って来た自宅の気温は
 31℃でしたから、天然のクーラーの中にいたようなもの
 でした。 

8.2
 白馬五竜のアルプス平に行って
 きた。
 あいにくの霧雨で、北アルプス
 の山々は展望することができな
 かったけれど、高山植物園で、
 花の写真を撮ってきました。
 朝5時に出発して、昼の12時に
 は家に帰っているという、超ショ
 ートツアーなのでした。
 
8.1c
 真夏の祭典、新日本プロレスのG1クライマックスが、いよいよ開幕した。
 今年は、A、Bそれぞれのブロックとも、各10名の選手の総当たり戦で、
 全9日間に、それぞれ10試合のシングルマッチが組まれている。
 アントニオ猪木が全盛期だったころ、ワールドリーグ戦の追っかけをして
 全部の試合を見たいと思ったことがあったが、それと同じ心境になって
 いる。
 スカパーでは、全試合生中継をするから、今日の開幕戦は、仕事が終わってから駆けつけてきた長女の婿と観戦
 した。棚橋やオカダが予想どおり敗戦スタートをしたけれど、各選手とも普段の試合では出したことがない技を繰り
 出したりして、やっぱりいつもと雰囲気が違います。
 
8.1b
 今日から、古いプロバイダーが接続機能を止めたため、拍子抜けするくらいメールの数が減っている。
 インターネットで何かの商品を注文したときに、義理でメルマガの読者になっていたものや、なんらか
 の拍子に迷惑メールの発信者たちにアドレスを登録されたものなどが、今回のことをきっかけにして断
 ち切られたことになるからだ。
 今までは、毎日メールを削除することが仕事になっていたけれど、このスッキリした状態は、いつまで
 続くのだろうか。
 
8.1a
 8月の声を聞くと、短いの終わりが近づいているようで、なんだかうら寂しくなる。
 今年の今までの行動で後悔していることは、3月に親戚の人たちと行った、蓼科の滝の湯の一
 泊温泉ツアーで、バイキングの夕食を食べ過ぎたために具合が悪くなり、そのあとのカラオケ
 参加できなかったこと。蓼科に行ったなら、やっぱり「高原のお嬢さん」を歌わなければ意味が
 ない。
 ふたつめは、5月5日の舜くんの初節句に、これも具合が悪くて出て行かれなかったこと。2階
 にあるベッドに横たわりながら、1階の喧噪を聞いていた。
 最後は、物置など6箇所の片付けをしたのに、着手する前の写真を撮っておかなかったため
 に、成果を家族にアピールできなくなっていること。
 8月を含めた下半期は、思い残すことがないように、慎重な行動を心掛けるのです。