笑 う



          ここに写真集がある
          日本軍の
          中国での虐殺行為を
          記録してある写真集だ

          ひとりが軍刀を持ち
          その前には
          手をうしろで縛られた
          中国人がいる
          まさに
          首をはねようとする瞬間だ
          それを見ている日本兵たち
          みんな白い歯を見せて
          笑っている

          いま強姦したばかりの
          泣いている婦人の顔を
          無理やり押し上げながら
          上着をズボンからはみ出させて
          日本兵が記念写真を撮っている
          これも
          ニヤニヤ笑っている

          これらの笑いは
          恐怖心や罪悪感のうらがえしにより
          無意識のうちにもれるものだという

          私が働いている
          「精神薄弱者」の収容施設でも
          理解できない笑いがある
          私がちっともおかしくないのに
          職員たちが笑うことがあるのだ

          「寮生」のあいだに子供ができて
          不祥事だから始末しようというとき
          「子供を育てられる条件は
           まず施設が作り出さなければならないんだ」
          などという意見を言うと
          みんなは笑う

          「不祥事なんかではなくて
           あたりまえのことなんだ
           なぜ生むことを前提にして
           対応していくことができないのだ」
          そんな発言にも
          笑いながら答えてくる

          「保護者や
           上司との関係ばかり考えないで
           本人たちの意思を
           尊重しなければならない」
           そんなことを言っても
           やはり笑われる

          いろいろ意見を言ったけれど
          その場では取り上げられなくて
          今後のことは
          「性指導委員会」を発足させ
          検討していこうということになった
          その委員を選ぶのも
          笑いながらだ

          冗談を言い合って
          笑っているのではない
          したがつて
          腹の底からこみ上げるのとは違う
          相手を軽蔑した笑いでもない
          もちろん優越感からくるものでもない
          それは
          きわめて軽い
          力のない笑いなのだ

          笑いは
          防波堤の役目を果たす
          笑うことにより
          自分の心をつつくことなしに
          その場を終わらせることができる

          笑うなというのではない
          問題を
          自分自身に突きつけろというのだ
          そうすれば
          少なくとも
          くちびるはゆるまない

                        (1980.6.21)