私の手のひらに
しわが多いのはなぜだろう
顔のしわは
年とともに増えていくが
手のしわは
子供の頃から多い
手のひらを広げると
細かいしわが
複雑に入り組んでいる
どこか
普通じゃない子供だった
授業参観日には
親たちがいっぱい見にくる
国語の時間に
先生が教科書を読む人を募ると
みんな競って手を挙げる
私といえば
「どうせ上手に読めやしないのに
何をはしゃいでいるんだろう」と
しらけていた
家庭訪問になると
目覚し時計を持ち出して
先生の前に置いた
つまらん話はいいで
早く帰れといわんばかりに
デモンストレーションをした
中学校にブラスバンドが結成された
指導に来たメーカーの先生が
素質を認めてくれて
実力も着実についていった
しかし
楽器がひと組しかなかったために
レギュラーは
3年生の人がもっていってしまった
それまで一日も休まなかった練習に
次の日から出なくなった
試験のための勉強はしなかった
教科書を見れば書いてあるから
公式を覚えてもしょうがないし
歴史の年号だって
その前後関係さえわかればいいと
暗記することはしなかった
試験では
公式を使わずに
答えを導き出していた
今思えば
ちっともかわいい子供じゃなかった
小学校1年生から2年生の間の2年間
一度も泣かなかったのは
たぶんクラスで私だけだった
なにかあると
みんなすぐ泣いた
中学の修学旅行で
ひとりだけ運動靴を履いていった
革靴は持っていなかった
買って欲しいとも思わなかった
旅館の下駄箱には
ピカピカ光る黒い革靴の中に
ひとつだけ
白い運動靴があった
高校のとき
ふざけあって
教壇の上に誰かを仰向けに寝かし
みんなで急所を掴むという儀式があった
それの洗礼を受けなかったのは
おそらく私だけだった
どこかひ弱で
腕力なんて強くなかったのに
私の手のひらに
しわが多いのはなぜだろう
集団が好きじゃない
宴会もきらいだ
部落の寄り合いなんて
いちばんいやだ
本当に親しい友達が
いない
自己犠牲なんて無理だ
他人のことなんてどうでもいい
きらいなテレビ番組は
のど自慢とスター家族対抗歌合戦
あの幸せムードが
いやだ
結婚式は
出るのが苦痛だ
くだらない
面白くも何ともない
他人が「幸せ」になるのが
うれしくはない
あくまで
自己中心だ
つっぱって
生きてきた
自分を支えているのは
自分自身の
意思力だけだった
やさしくはない
人が言うほど
やさしくなんかない
冷たい 冷たい
人間だ
手のひらのしわは
減りもしないし
増えもしない
このまま一生
変わらないのだろう
だけど
自分が生きるための
障害になるものにはぶつかっていくし
少しでも
一緒に歩こうとする人がいたら
きちんと抱きしめる
その場 その場で
全力投球するし
中途半端な行動は
しない
たくさんのしわを
手のひらの中に
しっかり握りしめて
これからも
歩いていく
(1985.1.1)