小日向くん



          とうに50を
          過ぎているはずの君は
          ずいぶんと薄くなった頭で
          よく私の家の前を通る

          もう8年も前
          私がまだ西駒郷の機械科にいた頃
          君が
          確実に私よりも早く死ぬだろうことが
          いやで仕方がなかった

          誰にも通じる「言葉」はもたないが
          その愛くるしい顔で
          気持ちをストレートに表現していた
          がまんすることを知らず
          ガムが欲しいからと
          よく道路に寝転んだものだ

          夜勤で巡回したとき
          ふざけて布団の中にもぐり込むのに抵抗のない
          たったひとりの「男」だった君
          そっともぐったつもりでも
          いつも目を覚まして
          クスクス笑い出した

          集団のワクにははまらないが
          かといって
          居住棟の周辺からは
          決して離れることはなかった
          そんな君が
          他人と連れ立ってではあるが
          今こうやって
          道を歩いている

          君は
          これから
          どう人生を燃焼させるのですか

          「オビさん!」と声をかけると
          私がむかし教えた動作を
          いくつもやってみせながら
          それでも少しずつ遠ざかっていく
          曲がり角になって
          もう姿が見えなくなるというのに
          まだ手や足を動かしている

          君を見ている
          私の目には
          今
          涙がにじんでいるよ

                     (1982.11.5)