夜12時頃になると
一匹のねこが
玄関の戸をあける
どうやら前足であけるらしい
そのねこは
年老いた野良猫で
あちこちの家をまわって
食料を調達しているようだ
冬など
風呂の煙突の横で
暖をとっていた
私がのぞくと
あいつは逃げた
わざわざ
出入りする穴を
壁にあけてもらったり
人間といっしょの墓に
石塔を建てて
供養してもらったねこを
知っている
どこかの家に住み着けば
ご飯と鰹節くらいは保証されるし
わざわざねずみを追いかけなくても
食べ残しの魚のきれっぱしに
2日に1回くらいはありつける
ねこに
こたつが似合うようになったのは
いつからだ
鋭かった爪や牙を
自分で丸めてしまったのは
いつからだ
ねこよ
おまえは外を飛び回れ
そして
獲物を追いつめろ
暗闇で輝くその瞳は
人間のご機嫌を伺うためでなく
敵に向かって光らせろ
うなだれているヒゲをしゃきっとさせ
たまには尻尾を
怒りで思い切りふくらませてみろ
安定することが人生だなんて
勘違いしちゃいけない
小回りできることが自由だなんて
思い違いをしちゃいけない
喉をゴロゴロ鳴らし
頭をすりつけることが
処世術になっちゃいけない
玄関の戸は
今夜は鍵がかかっている
何回もあけてみるのもいいし
よそへ行ってみるのもいい
探せばカエルや蛇だって
みつからないことはないよ
ねこよ
おまえは
つかまえようとしなければ
どんどん逃げていってしまう
「自由」というものの苦しさを
大切に抱きしめなさい
(1982.8.25)