無 外



          「無外」とは
          無断外出の略である
          「施設」に入所している
          「寮生」と呼ばれている人たちが          
          外へとび出すことをいう

          「無外」があると
          職員は招集される
          自家用車に分乗して
          「施設」のまわりをさがし歩く
          警察へも連絡を入れ
          有線放送を使って
          その人の特徴が地域に流される

          原因はいろいろだ
          同僚とケンカをした者
          職員に注意された者
          家に帰りたかった者
          発作的にとび出した者  
          職員を困らせたい者

          行き場所もさまざまだ
          無人駅から電車に乗る者
          途中で自転車をはいしゃくする者
          信号が赤でもどんどん歩いて行く者
          長時間かかって家にたどりつく者
          やぶの中に潜んでいる者
          山の上から職員の動きを見下ろしている者

          職員は管理者だ
          だから
          「無外」があると困る
          500名の「寮生」が
          事故なく生活できれば
          それで自分の立場は守られる
          「無外」があると
          日常の注意が不足していたことを指摘され
          自尊心を著しく傷つけられる

          「人命尊重」という
          きれいな言葉が掲げられる
          「施設」に収容するというかたちで
          基本的人権を奪っておいて
          いまさら人命尊重でもあるまいに
          とにかく みんなでさがす
          夜遅くまでさがす

          「施設」のまわりに
          柵があるわけではない
          23万6千平方メートルもある敷地は
          ひとつの市とひとつの村にまたがっている
          <地域に密着した施設に>という
          お題目は掲げられているし
          自由に外に出る環境は
          一応整えられてはいるのだけれど

          夏の夜などは
          外へ涼みに出て行く
          9時の消灯時間に
          全員がいることを確認すると
          それで職員はホッとする

          近くを天竜川が流れていて
          先日 橋の上から飛び込んで
          ひとり死んだ
          「川へ行っちゃうぞ」なんて「寮生」が言い出すと
          職員は困ってしまう

          だから つきつめれば
          「寮生」をおだてて
          ご機嫌をとることしかできない
          怒鳴りあうことや
          悪いことを「悪い」と言うことまで
          さけてしまうことがある

          むしゃくしゃしたとき
          自分の部屋に戻れば他に3人もいて
          ディールーム(居間)に行けば
          みんながテレビを見ていて
          ひとりになるには
          外に出ることしかないのだろう

          朝から晩まで
          集団生活ということで
          時間割通りの生活を強いられる
          流れにさえ乗ることができれば
          考えなくても生きていかれる
          食事は決まった時間に用意され
          身の回りの面倒も職員がみてくれる
          「無外」は
          「施設」の中における
          おそらくたったひとつの
          自主的発想である
          自主的行動である

          発見して連れ帰っても
          職員が言えることは
          みんなに心配かけてはいけないとか
          ちゃんと断ってから行きなさいとか
          外は自動車が通っていて危険だとか
          すべて非論理的なことばかりだ

          朝の掃除のあと
          作業棟への出勤時・始業時・終業時
          そして入浴の前と
          みんなを並ばせておいて点呼をとる
          食事のときさえも
          テーブルについたかつかないかで
          人員を確認する
          どんなときにも職員は
          「寮生」の動向に目を光らせている

          「無外」があってもさがさない
          という方針を
          「施設」は打ち出そう
          でないと
          「管理」を乗り越えた「実践」を
          示すことはできない
          そして
          「隔離・収容」を容認している現状を
          打ち破る行動は
          積み重ねることはできない

                           (1979.8.7)