力のない叫び



          もしかしたら
          金大中氏は
          もう殺されているのではないか

          激しい拷問のために
          腹部に重い負傷をし
          牢獄内の病院に移された
          精神的に錯乱状態にあり
          「私は共産主義者であります」と
          発作的に叫ぶようになっている・・・・・と
          新聞には書いてあった

          1975年の
          「人民革命党」事件では
          8名の被告の「死刑」が確定した翌朝
          絞首刑が執行された・・・・・
          しかしそれは当局の発表で
          判決の出る前には
          すでに拷問によって殺されていたという

          そのときも
          何ヶ月も前から
          処刑の日を「新聞休刊日」と決めたり
          学生のデモを挑発して
          それを口実に
          大統領緊急措置第7号を布告し
          大学に軍隊を進駐させ
          キリスト教の指導者を捕らえたりしていた

          こんどもどうだ
          去年の12月には「毎日新聞」が
          今年の6月2日には「共同通信」が
          それぞれ支局の閉鎖・退去を命じられ 
          7月3日には
          「朝日新聞」と「時事通信」のソウル支局が
          閉鎖され強制撤去の命令を受け
          「サンケイ新聞」にも
          厳重警告と出国勧告の処置が加えられた
          厳しい報道管制がしかれている韓国ではさらに
          日本のテレビ電波の入る
          釜山市のテレビアンテナ1千本を
          強制撤去した

          あまりにも
          パターンが似てやしないか

          KCIC(韓国陸軍保安司令部)の拷問は
          すさまじいものだという
          拷問専門のチームが組まれており
          4日間くらいぶっとうしで
          眠ることも許さず殴り続けたり
          手の指を1本1本切断したり
          全身に電流を流したり
          ガスバーナーであぶったり
          濃硫酸をぶっかけたりするという

          もしかしたら
          金大中氏は
          殺されているのかもしれない

          彼の「罪」を審議する「軍法会議」は非公開だ
          「死刑」の判決が下されたことと   
          「処刑」がなされたことを発表すれば
          それですんでしまう
          遺体は火葬にして
          家族に引き渡せばいい

          彼を連行した4日後
          「金大中捜査中間報告書」が
          戒厳司令部から発表された
          わずか4日間で
          これだけの捜索ができるわけはない
          彼の軟禁が解除された去年から
          全斗煥ひきいる軍部勢力は
          彼の抹殺を計画していた

          朴正熙が死に
          韓国に民主化のうねりが巻き起こり
          戒厳令が解除されそうになると
          動き始めた歴史を押し戻そうと
          全斗煥はクーデターを企てた
          そして
          それに抵抗する光州市民を
          力で押しつぶした
          その扇動者には
          金大中氏を仕立て上げた
          ことは
          筋書き通りに運ばれている

          「金大中氏を殺すな!」
          私は叫びたい
          しかし 
          その叫びは力のないものだ

          1973年に
          金大中氏が拉致されたとき
          日本政府はそれに協力した
          彼を日本国内に戻すことなく
          あいまいな「決着」をつけた
          それ以来
          彼は韓国の国内で
          弾圧を受けつづけた

          彼を今の状況に追い込んだのは
          われわれ日本人でもあるのだ
          それなのに
          「金大中氏を殺すな!」などと
          他人事みたいなことは言えない

          今でも
          三里塚からは
          買春観光の男たちが
          たくさん飛び立っている
          日本の企業は
          安い労働力を求めて
          韓国に進出している
          シャツ・電気製品・履物と
          日本の国内に MADE IN KOREA が目白押しだ

          みせかけの「繁栄」にどっぷりとつかり
          中流意識とかいう麻薬に
          骨の隋まで蝕まれた日本人は
          他人の痛みを感じなくなっている
          おのれの快楽が
          他人の痛みの上に成り立っていることにも
          気付かなくなっている

          金大中氏が殺されても
          今夜の夕食に事欠くわけではない
          いつもの通り
          よく冷えたビールが添えられるだろう
          金大中氏が殺されても
          テレビが放映をやめるわけでもない
          一家団欒でお茶を飲みながら
          ホームドラマを楽しむことができるだろう

          「金大中氏を殺すな!」という
          力のない私の叫びは
          韓国に向けて発せられない
          だからせめて
          日本で生きている
          自分をふくめた日本人の
          罪意識に訴えたいのだ
          もう殺されているのではないかと
          思えば思うほど
          訴えずにはいられないのだ

                            (1980.7.15)