「プレス技術」 2007年11月号 日刊工業新聞社


  このままでいいのか? 中小企業のISO活動


 
 すでにISO9001を取得している中小企業におじゃました場合、そのために構築した
品質マネジメントシステムが役に立っていないばかりか、経営改善のじゃまになってしまっ
ているのではないかと思う場面によく出会う。
 私がそのことについてお話しをすると、企業の反応にはふたつのパターンがあるのだが、
ひとつはISOが負担になっていることを実感しているところと、もうひとつは、ライセン
スとしてのISOの取得に満足していると思われるところである。そして、後者のパターン
の方が圧倒的に多いから困ってしまうのだ。
 中小企業がISO9001に取り組むきっかけは、顧客からの要求があったことによるも
のがいちばん多い。つまり、取り引きの条件として、ISOの取得を義務づけられてしまう
からである。したがってある程度無理からぬことではあるが、ISOのマネジメントシステ
ムを経営の軸に据えて、それを活用していこうというスタンスがそこには欠けているのであ
る。 
 
ISOは経営者のお遊びのツールではない
 
 名刺や会社案内やホームページに、認証を受けた審査機関のロゴマークを入れれば、企業
としての体裁を整えることはできるし、取得していない企業との印象面での差別化を図るこ
とができる。取引先は条件がひとつ満たされたことで満足してくれるだろうし、一応は当初
の目的を達成することができたわけだ。
 先日、私にISOについてのセミナーを依頼してきた団体の責任者と意見交換をしたのだ
が、その方は、ISOの問題は、企業のトップがちっともわかっていないことだとおっしゃ
られていた。定期維持審査で指摘される項目の多くは、品質や規定で決められたことがきち
んとやられていなかったり、実行している内容の質が伴っていなかったりすることなのだが、
それを受けた経営者は、「なぜやらないのだ」と、一方的に管理責任者を責めるのだという。
 業務の実態に合っていないマネジメントシステムを、要求事項の項目に整合させることば
かり考えて構築する。そうすると、日常の仕事の他に、ISOのためにやらなければならな
い「仕事」が発生し、いわゆるダブルスタンダードのかたちが出来上がってしまう。普段は
ISOのための「仕事」などやっている余裕はないのだが、経営者に責められるとそれにも
手を付けなければならない。ISOのための専任者を中小企業がおけるはずがないから、し
わ寄せは本業と兼務状態の管理責任者のところに行ってしまう。現場には、「ISOのため
に……」などという被害者意識が蔓延し始めるのだが、ISOは正面切って否定することが
できない背景を持っているから、どんどん社員のモチベーションは低下していくことになる。
 「ISOが役に立っていない」とか、「業務の負担になっている」と感じている経営者は
まだましだ。決して現状に満足をしていないから、機会があればなんとかしたいと思ってい
るのだが、その方法に出会わないだけのことである。問題にしなければならないのは、IS
Oが企業に及ぼしているたくさんの悪い影響に気が付かずに、維持と更新していくことだけ
しか考えず、それを社員に押しつけてしまっている経営者である。ISOのマネジメントシ
ステムは、本来は企業の経営のための基軸にならなければならないものなのに、経営者のお
遊びに似た使われ方をされてしまっていたのでは、どうしようもないではないか。
 
自社の生産戦略そのものをISOにしよう
 
 ISO9001の要求事項の柱になっているのは、顧客満足度の向上と継続的改善である。
お客様からその企業を見た場合に、お客に不安を与えない商品が生産をされているかどうか。
そして、不備な点があればそれを絶えず遡上にあげて改善活動をしているか。言い古された
言葉で表現をすると、P−D−C−Aのサイクルが効率よく回されており、結果が伴ってい
るものになっているかどうかということである。
 ISOの認証の条件は、規格要求事項がマネジメントシステムに展開されていること、つ
まりそれぞれの要求事項の項目との整合性が求められているから、スタート時にはそのこと
を前提とした仕組みを構築することからスタートすることになる。しかしながら、このレベ
ルの状態がいつまでも変化せずに続いていることになるから、経営にとって少しも役に立た
ないものになってしまうのである。
 ISO9001の要求事項は、企業全体のプロセスをきちんと構築しようとしたならば、
たいへんすぐれた面を持ったツールになるものだ。製品の企画・開発から設計・製造そして
出荷とサービスといった一連の流れを体系づけながら整理することができる。顧客に対して
目を向ければ、引き合いから受注そして仕様の打ち合わせそして据え付けといった具合に、
顧客の要求をいかにして具体化させていくのかというストーリーを描くことができる。そし
てそこに品質と生産効率の追求を加えれば、利益体質の企業作りの活動になってくるのであ
る。
 多くの企業の場合、ISOの運営の中で決定的に欠けているのは、今の仕事を改善してい
くといったスタンスである。改善のためには、まず問題が明らかにならなければ何も手を打
つことができないから、どうすればそれを顕在化させることができるかが重要である。そし
て、真の原因を究明して、再発させない確実な対策を講じ、それを維持させていく。このよ
うなことが、ISOの活動とドッキングしていないのである。
 生産戦略とは、どのくらいの品質の製品を、どの範囲内のコストで作るのかを具体化させ
ることである。そのためには、全体の生産プロセスを明確にさせ、目標の阻害要因になって
いる現象をひとつひとつ取り除き、より正常な状態でプロセスコントロールをすることであ
る。この内容をISOに取り込むことにより、企業のレベルアップが図れることになるのだ。  
 
技術者にとって身近に感じられるISO展開
 
 ここで言う技術者とは、開発・設計者とか生産技術の担当者のことを指している。ISO
9001には、要求事項として「設計・開発の適切な段階において、設計・開発の結果が要
求事項を満たせるかどうかを評価することと、問題を明確にし必要な処置を提案する」ため
に、計画されたとおりに体系的なレビューを行うことが求められている。
 そのために、デザインレビュー(DR)を量産化プロセスの中に折り込むのだが、ともす
るとDRをすることが目的になってしまい、その資料を作成することに決して少なくない工
数を投入することになったり、他部門のメンバーから設計担当者に対する揚げ足とりの場に
なったりするなど、あまり実効を伴わないイベントになってしまいがちである。
 一般的に、製品が量産体制の段階になった場合に発生する不良の要因の7割は、設計品質
に起因していると言われている。それであるのにもかかわらず、部品品質や製造品質の対応
は検査をすることによって食い止める仕組みを構築するのだが、設計品質についての対応は、
ISOのシステムの中に現実的な方法として組み込まれていないため、設計担当者は上っ面
の部分しか関わっていないような実態がありはしないだろうか。
 たとえば市場でクレームが発生する。その情報は品質管理部門が集約し、一定の方向付け
をした上で設計部門にフィードバックをする。もしかしたら、月報などというかたちで統計
的な分析を加えたあとのデータが提示されていたりする。それに対する設計部門の答えは、
生々しい現実からは遊離した、一般論の対策になってしまうことは容易に想像することがで
きる。
 現場で発生する不良についても同じことだ。発生した不良の内容を帳票に記入して、解析
依頼などという方法を取っているから、文書に記入することが仕事になってしまう。こんな
進め方をしておいて、設計者がISOを身近なものに感じるはずがないのだ。
 生産技術者については、設計された製品の図面を基にして、それを実際に生産するための
条件作りをする立場にあるのだから、品質に密接に関係があるはずなのに、ISOのマネジ
メントシステムには、形式的な職務権限の範囲でしか組み込まれていなかったりする。いず
れの場合も、全体のプロセスを網羅したはずのマネジメントシステムの、機能や組織が有機
的に結びついておらず、あちこちが細切れになっているために発生している現象である。
 
ISOの使い方では顧客とのつきあい方が変わる
 
 ISO9001には、「顧客要求事項を満足しているかどうかに関して、顧客がどのよう
に受け止めているかについての情報を監視すること」との要求事項がある。そのためには、
どんな方法を取ればいいのかであるが、製品を納入した顧客に対して、アンケートによる調
査をする程度でとどめられているなんてことはないだろうか。
 冒頭に述べたように、ISO9001の柱のひとつは顧客満足度の向上である。企業にお
ける顧客満足度とは、顧客が喜んでくれればそれでいいなどという単純なものではなく、次
の購入に結びついていくことが必要であるはずだ。そのためには、製品を納入したあとでは
すでに手遅れで、次に説明する3つの段階で満足度を把握していく必要がある。
 第1ステップは、顧客からなんらかの引き合いがあったとき。顧客は、何かを購入したく
てアクションを起こしたのだから、希望するスペックの商品があるかどうかを調べたかった
り、要求する機能を備えた製品を製作してもらえるかといったことを聞きたいはずである。
そのときに、同時に相手先の企業の対応の程度を観察していることを見逃してはならないの
だ。最終的に今回は商売に結びつかなかった場合でも、そのときの印象がよければ、次の引
き合いが必ずあることを前提にした受け答えが必要である。
 第2ステップは、受注が決まって仕様を詰める段階。この段階では、顧客の要求をどのく
らい受け入れられるかがポイントになってくる。その切り口としては、Q(この場合はスペ
ック)・C(価格)・D(納期)でいいのではないだろうか。これらを詰める段階で、自社
の都合ばかりを押しつけているなんてことをしてはいけないし、逆に、できもしないことを
すべて引き受けてもいけない。この段階で顧客が不満に思うのは、製品そのものよりも、双
方のスタンスがかみ合わないことに対してである。
 第3ステップは、製品を納入した後のフォロー。
これが最終的な満足度であるが、第1ステップと第2ステップがきちんとしていれば、ここ
まできて新たな問題は起こらないはずである。とかく納入したあとの顧客の反応を把握しよ
うとしがちであるが、それはあくまで結果でしかないから、本当に企業の運営に役立てよう
と思うのなら、3つのステップすべてに対して、顧客満足度を把握するべきなのだ。
 品質マネジメントシステムに、このような思想が組み込まれていれば、日常の顧客とのお
付き合いの仕方が、今までとは変わってくることは間違いはない。
 
ISOがうまく回らないのには理由がある
 
 第1の原因は、認証を取得する取り組みの段階で、規格要求事項を満たすことからスター
トしたために、現実の業務の実態とはかけ離れたマネジメントシステムが出来上がってしま
っているからである。要求事項の項目をそのまま写したような品質マニュアルを作成し、そ
れを法律のように言葉を並べただけの規定に落とし込む。それだけでは具体的な内容が少し
も伴わないから、個別の作業ごとに手順書を作成する。いずれにしても、品質マニュアルや
規定や手順書に仕事を合わせることになってしまう。
 第2の原因は、要求事項では方法までは規定されていないのに、企業の側が、「こうしな
ければならない」と勝手に思いこんでいることである。審査の場で審査員に何かを指摘され
た場合、どうやって行うのかを決定するのは企業の側なのにもかかわらず、そのときを乗り
切ればいいなどいう考えが背景にあるために、できもしないことを是正措置と称して打ち出
してしまう。ISO9001は、自社の品質を向上させるのが目的なのにもかかわらず、審
査機関のためにシステムを作り運営しているような状態に陥ってしまう。
 第3の原因は、固定観念が根付いてしまうことである。私は、これがISOの間違った運
営をした場合の、最大の弊害だと思っている。決められたことをきちんと守るところまでは
いいのだが、そこからはみ出た現象が発生しても、決まり事の方は問題にされずに、やり方
ばかりがやり玉に挙げられて修正を余儀なくされてしまう。品質マニュアルや規定の内容が
頻繁に改訂されている状態こそが、世の中の変化に追従していく企業のあるべき姿ではない
だろうか。
 第4の原因は、改善活動と結びついていないことである。つまり、ISOが経営改善のた
めのツールになっていないのである。本来は企業側が使いこなさなければならないものなの
に、ISOに振り回されているような主体性のない状態ではどうしようもない。改善活動は
結果を要求されるのに、ISOのマネジメントシステムに従った企業運営をしていても、製
品の品質はちっともよくならない、売り上げが増加しない、利益が出てこないようであった
なら、どこかが間違っているということである。
 
文書管理中心のISOから脱皮しよう
 
 中小企業の中には、ISOに対する間違った捉え方が根付いてしまっているような気がす
る。それは、「ISOはこうしなければならない」といった固定観念である。その主たるも
のが文書管理で、必要でない記録を残さなければならなかったり、ひどい場合には審査の直
前になって、つじつま合わせのための文書作成に取りかかったりする。
 もう一度はっきりさせておきたいISOに対する基本的なスタンスは、今よりも企業の実
力をレベルアップさせるために運用しなければならないということだ。そして、それをやる
かやらないかについては、結果にどうつなげていくのかといったストーリーを明確にした上
で、企業の側が判断してもいいということである。
 だから、ISOというのは、企業側に明確な意志がなければ単なるお荷物になってしまう
のである。逆に、これを本当に活用していこうしたならば、必ずや経営改善の大黒柱になる
ものであることを訴えながら、ISOを使いこなした上での企業のさらなる発展を祈念する
ものである。