どうしたら「会社の一体感」は生まれるか?

   〜意識をひとつにするための秘訣〜
 
                                     「プレス技術」 2008年 10月号
                                         日刊工業新聞社

 

 ある製造部長の悩み

 その会社の製造部長の悩みは、全社的に展開している改善活動に、社員が本気になって取り組んで
いないのではないかということである。製造部長自身は現状に危機感を感じたから、私のような外部の
力を借りて全社展開に持っていきたいわけであるが、「親の心子知らず」で、今ひとつ社員が乗ってこない雰囲気を実感しているのである。そしてそれも一方では無理がないことだと思っている。

 なぜかというと、会社の業績は決して悪くはなく、雇用はきちんと確保されているし、ボーナスだって世
間並み以上に支給されている。そんな環境の中では、無理をして今の仕事のやり方を変えなくてもいい
ではないかという発想に、社員がなってしまうことは当然のことだからである。しかしながら、このような
「いい状態」のときに改善活動をスタートさせて力をつけないと、この先に遭遇するかもしれない困難な
状況を乗り切ることができないだろうとも、製造部長は考えているのである。 

  社長だけが枠の外にいる

 それとは違った会社の社員は、私が顔を出して「改善活動は順調に進んでいますか?」と尋ねると、
苦虫を噛みつぶしたような顔を向けてくる。本人はきちんとした構想の下に活動を進めているのだと思
っているのに、社長がいちいち細かいところまで横やりを入れてくるというのだ。つまり経営者と管理者
とのベクトルが合ってはいないのである。それよりも問題なのは、その管理者が、社長からは信頼され
てはいないのではないかと思い込んでいることである。 

 その会社におけるミーティングでは、社長がいない場では社員がいろいろな意見を出し合うのだが、
そこに社長が同席している場合は、それぞれが無難なことしか言おうとしないから、論議がちっともか
み合わない。まるで、社長に嫌われることが恐いかのようである。社長自身は社員を好き嫌いで区別
しようとはしていないし、よりよい結果を求めようとしてアクションを起こしているのであるが、社員たち
は一斉に口をつぐんでしまい、リスクを伴うような前向きな提案はなされなくなってしまっている。

  個人による温度差はなぜ生じてしまうのか

 企業内における改善活動のように、全社が一丸とならなければ本当の力とはならない場面において、経営者と管理者、または管理者と社員との間に、どうしても温度差が生じてしまうことは希なケースでは
なく、ごく一般的に発生している現象であると思う。それは、個人による温度差というよりも、立場による
問題の捉え方の違いであると表現した方が分かり易いかもしれない。つまり、目指す方向が一本化さ
れていないのである。

 どうしてそうなってしまうかであるが、なぜ温度差が発生してしまうのかと悩むよりも、温度差が生じる
ことの方があたりまえのことだと捉えた方が問題は解決しやすい。つまり、職位という立場によっても、
与えられた任務を遂行するためのポジションによっても、問題に対する認識が異なってくるのは当然の
ことなのである。それを「意識が低い」からだと決めつけて、一本化しようとすることの方が無理がある
のである。

  トップの思いが伝わらないのはどうしてか

 それでは、いったいどうしたら個人の意識をひとつに束ねて、大きな力として結集させることができるのであろうか。いちばん重要なことは、トップの問題提起の方法である。自分が目指す方向を提示しさえすれば、社員がそれに向かって動くなどというやさしいものではない。仮にみんながひとつの方向に向かって進んでいると見えたとしても、社員の行動が社員自身の意志から発生しているのかは疑わしい。そう
なっているかどうかは、結果の出るスピードと質で判断することができるのだが、トップの多くは、社員の人たちが自分の思いを受け止めてくれないことが、活動の停滞を生み出しているのだと思っている。

 社員が、自ら進んでものごとにチャレンジしようという気持ちにならなければ、現状を変革するだけの
エネルギーは生まれてこない。それを一般的には「動機付け」という表現をしているが、これがなされな
いまま、単に目標だけが設定されている例が意外と多い。社員が納得していないのだから本気になんかなれるはずがないのに、そしてそれはトップの働きかけ方に原因があるのだが、それに気が付かないで社員ばかり責めたところで、ちっとも問題は解決してはくれないのだ。

  トップの独りよがりをトップが気づいているか

 会社の一体感を作り出すのはトップの責任であり、それができていないのはトップに原因があるとした
ならば、その会社に一体感が根付いていないのは、トップが、自分の独りよがりに気が付いていないと
いう図式になる。とかく経営者は孤独な存在で、誰にも相談できない案件についても決断しなければならないから、そんな立場が、社員とのパイプが詰まってしまっていることに気が付かなくさせているのでは
ないか。トップがすべての仕事を自分で担当し実行していくことができるはずがないから、社員をコントロールすることによって自分の意志を達成させなければならないのに、そのコントロールが満足にできていないのである。

 コントロールするということは、社員のひとり一人に自発的な発想をさせて、それを実行していくための自律神経を持たせながら、それぞれが生み出した実績を集結させていくことである。これを実行していくためには、物事をトップの目線で捉えるのではなく、社員が立っているステージまで降りていくことが必要になる。このことは、決して社員に迎合するということではないのだが、自分が描いたストーリー通りに進まないことに対して我慢をすることができずに、いちいち口を挟まなければならなくなる。このように、社
員が実践している内容を事実上認めることができないことこそが、端から見れば独りよがりとなってしま
うのである。

 心を掴むことの重要性

 たとえば私のような外部の人間は、直接その会社の実務に手を出すことができないから、改善の結果を出すためには、社員の人たちの行動の質を高めていくしか方法がない。そのためには、私の提案を
社員の人たちが理解してくれて、それを行動に置き換えてもらうことが必要になる。その行動にしても、
ある程度効率がよくないとなかなか実績に結びついてはいかないから、具体的な方法まで提案し、それ
を理解してくれるまで徹底して議論をしていくことになる。

 外部の人間に対しては、拒否反応が生まれることは当然のことだ。今まで自分が正しいと思って進め
ていた仕事のやり方を変えなければならないのだから、おいそれと受け入れられるはずがない。でも、こんな状態がいつまでも続いていたのでは私の仕事がちっとも進まないから、社員のみなさんに心を開いてもらうことが必要になる。だから、本音を言ってくれるようになるまで、誠意を持って働きかけを行って
いく。

 感情が行動のベースにあること

 職務権限だけで仕事を進めようと思っても、それには自ずと限界があるだろう。「業務命令」だなどという言葉を使えば、反発されるのは当然のことである。なぜならば、相手は社員という立場であっても、一
方では生の感情を持った人間であるからである。そしてひとつひとつの行動は、感情を抜きにしては成
り立たないからである。心を開いてもらえなければならないのは、何も外部の人間である私だけにとどまらず、組織上の上司であってもその構造は同じのはずだ。

 上下関係だけで仕事がうまくいっているように見える場合でも、上司は部下の心を上手に掴んでいる
ものだ。「この人のためにならどんな困難にも向かっていくことができる」といった気持ちが部下に少しく
らいはないと、組織の機能的な運営は不可能である。決して慕われる必要はないけれど、仕事に対する姿勢の裏付けとなる人間性の部分を認められないことには、上司としての力を十分発揮することはでき
ないだろう。したがって、トップも上司も社員や部下に対して全人格をぶつけながら、ことにあたらなければならないのだ。

 危機感の共有はどうすればできるか

 原油が値上がりしていることに伴って、製造業における材料の高騰が経営を圧迫している。なんとかしてコストダウンを図らなければならないのだが、社員の危機感はまだまだ薄いとトップは捉えている。従
来の生産性向上の活動だけでは材料価格の上昇を吸収することができないから、何らかの新しい手法を導入しなければならない。今こそ「会社の一体感」を実現させなければならないのだが、いったいどん
な方法を取っていったらいいのだろうか。

 こんなときこそひとり一人の社員の進む方向がバラバラでは、危機を乗り切るだけのエネルギーを生
み出すことはできない。会社としてのビジョンは打ち出すことができるだろうが、それを末端までどうやっ
て浸透させていくかである。これは、職位が上位になればなるほど、自分がいるポジションよりも下位に
いる部下を上回る行動を、実際に示していくしかないのではないか。部下を上回る行動とは、質であり量でありスピードである。つまり、達成意欲を行動に転換させ、それを実際に実行してみせるのである。た
いへん泥臭い方法であるが、組織内の本当の信頼関係と一体感は、こういったことによってしか築けな
いだろうと思っている。 

 ポジションごとの課題として具体化すること

 工場によって生産プロセスはそれぞれ異なってくるから、手法としてはいろいろなケースがあるだろうけれど、大切なことは、日常の生産活動とかけ離れたテーマを設定しないことである。新しい手法を導入する場合、ともすると現状を否定しながら進めなければならない場面も発生してくるが、そのプロセスを担
当する社員の手の中に収まるテーマでないと、自分自身の問題になってはこないからだ。

 「一体感」というのは、それぞれのポジションで今できることに精一杯取り組んでいる状態を作り出し、
それが会社の進む方向と一致していることによって醸し出されてくるものだ。したがって、ひとり一人の社員の持ち味が十分に発揮できる職場作りができないと、とうてい生み出されるものではない。このことができているかどうかは、会社の中において、今、誰が主人公になっており、その人が力を発揮しているかどうかを考えてみれば、自然とはっきりしてくることだ。