企業の経営と運営全般について、何かお困りの
 ことはありませんか?
 現場主義に徹した、より具体的な改善指導を提
 供します。

 21年間の経験と実績と、時代の変化に即応した
 現実的な手法の提案を、ぜひご活用ください。

 
  企業のお医者さん  森 田 勝

  ★ 利益を生み出す
プロセス改善を実行します。

  ★ モノ作りの
現場改善で生産性と品質を向上させます

 人を育てることにより、企業の戦力のレベルアップを図ります。

 経営の役に立つISOマネジメントシステムを社内に構築します。

  ★仕事のムダを発見し、それを取り除く対策を実行します。

  
 
         石榴の花                           7月 5日  更新
 
   
一昨年あたりから、たくさんの花を付けるようになった石榴です。
以前は弟からもらった実で石榴酒を作っていたのですが、我が家で採れるのはまだ数個だったので、
ただ飾っておくだけでした。
この花が全部実になれば、今年は石榴酒を作る材料にできそうです。


あと あと のあと  2020年 7月


   
 まっかに燃えた太陽だから 真夏の海は恋の季節なの
    渚をはしるふたりの髪に せつなくなびく甘い潮風よ
    はげしい愛に灼けた素肌は 燃えるこころ恋のときめき 忘れず残すため
    まっかに燃えた太陽だから 真夏の海は恋の季節なの

    いつかは沈む太陽だから 涙にぬれた恋の季節なの
    渚に消えたふたりの恋に 砕ける波が白く目にしみる
    くちづけかわし永遠を誓った 愛の孤独海にながして はげしく身をまかす
    いつかは沈む太陽だから 涙にぬれた恋の季節なの
    恋の季節なの 恋の季節なの

                 「真っ赤な太陽」   詞 :吉岡 治   曲:原 信夫



7.7
 今日は、おばあさん(母)の14回目の命日
 お墓参りに行かれないことがわかっていたから、先週の月曜日29日に行っ
 て、花を捧げておいた。

 「幸せだった」、「何も思い残すことはない」と、涙ひとつ流さずに死んでいった
 ことは何回も書いたが、そのほかにもこんなことを言っていた。

 「いつまでも長生きをしていると、Tさん(嫁)がやりたいことができないから可
 愛そう」だと。自分のことよりも他人のことばかり思いやっていたおばあさん
 今でも時々夢の中で会っています。         「かけがえのないもの
 
7.6b
 作を始めたのは高校生のころ。しかしそのころのは、歌謡曲のような短編
 った。

 その私に大きな影響を与えたのは、高校を卒業して就職をした茅野市で出会った「あ
 べしげひさ」さん。
 その作に対する方向は、文語ではなく口語の自由で、五七五という韻を踏まず、
 さらには日常の生活を表現するというもので、あべ先生は「生活人の会」を主催し、
 月1回の合評会を開催していた。

 そのころの私のは、ガリ版刷りの3冊の集になっているわけだが、私が心がけ
 ていたことは、自分を隠さずにさらけ出すということ。そうしなければ、他人の心など
 打つことができないと思っていた。

 自分の弱さが見えたから、自分をさらけ出すことでしか強くなることはできないという当時の姿勢は、今書いている
 ログ
の内容にも受け継がれている。

7.6a
7.5b
 あなたと共にいることを、世界中の誰もが反対し、批判するはずだ。わたしを心配するから
 こそ、誰もがわたしの話に耳を傾けないだろう。 それでも文、わたしはあなたのそばにい
 たい―。
 再会すべきではなかったかもしれない男女がもう一度出会ったとき、運命は周囲の人を巻
 き込みながら疾走を始める。
 新しい人間関係への旅立ちを描き、実力派作家
 が遺憾なく本領を発揮した、息をのむ傑作小説。

                  「読書メーター」から

 カバーに表示された「屋大賞受賞」の文字に
 惹かれて購入したわけだが、その表紙を外した
 背表紙には書名が表示されていない。そして、
 紙テープを貼って隠したような装丁がされている。
 こんなもめずらしい。
 
7.5a  
 用事があって自宅に電話をしたところ琉クンが出た。
 「誰ですか?」と聞いたのに対して、「森田琉です」という返事が返って
 きたから、私も「森田じいじです」と返した。

 31歳のころだっただろうか、単身で行っていた千葉から自宅に帰って
 きていたときに、5歳や3歳のまだ幼い長男長女が、自宅の前の坂
 道をおぼつかない足取りで駆け下りていくのを、まだ土地改がされてい
 なかった桑畑から眺めていた。

 その時の情景が目に焼き付いているわけであるが、心の中に、「ああ、
 この子どもたちと一緒に暮らしたい」という思いが、強烈に湧いていたのである。それから間もなくして、自宅から通うこ
 とができる会社に就職した。

7.4b
 コンビニで昼食を仕入れようと外に出たところ、八王子駅に都知事候
 補の山本太郎が来ていた。

 週刊誌に載っていた小沢一郎の話によると、立憲民主党、国民民主
 党、社民党、共産党の野党統一候補として立候補することを、各党は
 了解していたというが、本人が「令和新撰組」の公認に拘ったのだと
 いう。

 そこにどんな戦略があったのかは窺い知れない。
 
7.4a
3月から6月にかけての約3ヶ月間、私は老後の生活のシミュレーションをすることができ
た。「年金生活者」にとっては、緊急事態宣言が発出されることに対して、絶対的な問題
があるわけではないと思う。

感染拡大を止めるには、緊急事態宣言を発出して、経済活動や人の移動を制限すれば
いいのだろうけれど、ここで少し考えて欲しいのだ。
経済というのは、お金が回ることにより成り立っている。今は生活苦に陥る人は限定的か
もしれないが、経済活動が止まってしまうと、それが全体に影響をおよぼしてくる。
もし仮に、明日から自分の収入が絶たれてしまう状況になっても、緊急事態宣言の発出
を願うだろうか。

「年金生活」の可能性が見えている私でも、そんな状態になることを望んではいない。
だから私は、マスクをし、手を洗い、うがいをし、外出を避けるためのホテルの部屋での
 籠城という、忍耐を必要とする行動を、この週末も続けているのです。 

7.3
 4月から、BS朝日で、新日本プロ
 レス
のゴールデンタイムでの放送
 が始まっていた。

 ここでは、昔のように生中継がさ
 れるはずであったが、「コロナウィ
 ルス」の影響で、過去の試合を流
 すしかなくなっていた。

 しかし、今夜、実に34年ぶりの
 中継
が行われた。
 ネットで無観客試合を見るのも
 中
」ではあったが、テレビの電波に乗った放送となると、やっぱりその意味合いが違ってくるし、視聴者もコアなファン
 だけではなくなってくる。

 アントニオ猪木の時代に、何度となく試合が時間内に終わらないことがあったので、試合中も時計の針ばかりを気にし
 ていた。そして今日も、メインの試合の途中で放送時間は終了してしまった。このあたりが、新日本プロレスらしいと言
 えばそれまでなのだけれど・・・・・。 

7.2
 東京都民は約1,400万人。100人の感染者ということは約0.0007%になります。累計の感染者数でも約6,300人
 なので0.045%。死亡者は325人なので0.0023%です。またそもそもPCR検査数が増えているのですから、
感染
 者の数も増えるのは当然でしょう。

 危機感を持つことも大事ですが、不用意に危機感を煽り、経済を停滞させるような報道姿勢には激しく違和感を覚え
 ます。データからみても
感染確認の数字をニュースにする重要性を感じません。

 先の大阪府による有識者の検証会議でも外出や営業自粛は無意味だったという意見が出ました。ネガティヴなイメ
 ージによって飲食業界は今までにない打撃を受けて閉店や廃業も相次いでいます。正しく恐れて飲食店にも足を運
 び、
経済を積極的に回していかなければならないと思います。
                                              フードジャーナリスト  山路力也



 私も山路氏と同意見だ。

 しかし、右のような「一般大衆」の
 意向を、行政が無視できるかどう
 かが問題だ。 


7.1
 これはごく限られた人しか知らないことであるが、この十数年来、私には「家出願望
 があった。
 しかしおじいさんの面等を見なければならなかったし、そのうちに嫁が来たり、そして
 孫ができたりで、その願望は実行までには至っていない。

 農家の長男だったのに、高校を卒業して自宅から離れた会社に就職したり、31歳の
 時に公務員を辞めて千葉で起業したりと、私のベースには常に「家出願望」があった。

 還暦に近くなってからの「家出願望」は、それを実行するための具体的な方策がある
 わけではなかった。だから、一方では現実逃避とも言い換えられるのだろう。

 農耕民族なのに、どこか狩猟民族のような遺伝子を持ち合わせていて、それが私の人生を苦しくもさせてきたのだけ
 れど、今回の「コロナウィルス」に関しての今でも続いている迷いは、「家出願望」の延長線上にはない。