歩くスピード



 工場にお伺いした場合、なるべく早くその工場の実情を把握しようとする。なぜかというと、たとえ私が今までに経験したことのない分野であっても、短時間のうちに問題を見つけ出し、それらを解決する具体的な提案をしなければならないからだ。さらに、その工場で受け入れられることのできる、つまり確実に結果が出せる提案でなければならない。そのためには、その工場の「実態」をきちんと捉える必要がある。
 
 私の観察は、玄関に入る前から始まっている。通路の両脇の草花の手入れの状態はどうか。吸殻など落ちてはいないか。アスファルトの地面だったらホウキで掃いた跡はあるか、水はいつも打たれているかなどと、歩を進める間の短い時間を使ってのチェックを怠らない。玄関に入ると、スリッパの置き方、受付担当者の応対、まず目に入るものは何か、カウンターに埃はたまっていないかといった具合に、頭の中のチェックシートをフル回転させる。
 
 生産現場には、一種独特の張り詰めた空気が漂っている。その空気の密度の程度と現場の実力は、不思議と正比例しているものだ。私が前にいた会社でSMTのUラインを作ったとき、あるお客さんが「一歩踏み込んだとたんに鳥肌が立った」と表現した。私にも、現場の空気を感じ取れるだけの触覚が備わってきた。だから、短時間のうちに大体の問題は把握できる。
 
 私がチェックする項目の中に、人の歩くスピードがある。工場の場合、常に一定の目的をもって行動しているから、その目的に対する達成意欲が強ければ強いほど、歩くスピードは速いのだ。早いといっても、駆け足をすればいいというものではないが、自然と意識がその人の歩調に表れてくる。それは、職位が上がれば上がるほど顕著でなくてはならないと思っている。
 
 だから私も歩くスピードは早い。なぜならば、現状を変えよう、向上させよう、改善を定着させよう、結果を出そうという気持ちは、ほかの誰よりも強くありたいからだ。 
                                       (2001.2)